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第24話 劣等感

 店を出ると、まだ少しだけ冷たい風が吹いた。

 春らしい寒さに、里津と希衣は揃って肩をすくめる。


「ねえ里津、赤城先輩に迷惑かけてない?」

「急になに……」

「んー? なんとなく?」


 なんとなくで選ばれた話題に、里津は頬を膨らませる。

 そんな里津を見て、希衣は笑みを零した。


「里津は仲のいい人にはめちゃくちゃ甘えるところがあるからさ。赤城先輩を困らせてないかなあって思ったの。気を悪くさせたなら、ごめんね?」


 悪いと思っているようには見えなくて、里津はますます拗ねた顔を見せる。


「……今、和真と組んでないし」

「あれ? 変わったんだ?」

「まあ……いろいろあって」


 さすがに警察内部のことを話すわけにはいかず、里津は適当に誤魔化した。


「やっぱり迷惑かけちゃった感じ?」


 それを悪い方向に捉えられてしまい、里津の口がどんどん曲がっていく。


「違うから。私と組むことになった新人が、私とだと仕事がやりにくそうだったから、和真と新人、私と若瀬が組むことになったの」

「若瀬? ああ、里津と相性の悪い、凱先輩並に優秀な同期刑事、だっけ」


 希衣と会うたびに、里津は若瀬への愚痴を言っていた。

 だから、希衣が若瀬の名前を知っていることは驚かない。


 けれど、いつ、誰が、若瀬を優秀と言ったのか。

 里津は、言った記憶がない。

 言ったとすれば、赤城だろうか。


 若瀬を褒めて、私は?なんて思った自分が、ひどく恥ずかしく感じた。


「……凱くんのほうが圧倒的に優秀だったから」

「そこ? 本当、里津は凱先輩のこと、好きだねえ」


 変な嫉妬心から、おかしなことを口走ったことに気付いた。

 ここまで来ると、希衣と話しているのに、楽しくないと思ってしまった。


 そう感じてしまったことも、凱が好きだと言われたことも、なにもかもが面白くなくて、里津の機嫌は治らない。


 だが、里津の気まぐれな性格に慣れている希衣は、まったく里津の機嫌を取ろうとしない。


「……あんな嫌味な人、キライだもん」

「嫌味? 凱先輩が?」


 希衣は信じられないと言わんばかりの反応だ。


 凱が自信家だと言われるのなら、わかる。

 だが、嫌味たらしい態度を取るような人とは思えなかった。


「……運動できて、勉強もそこそこできて、人が集まる。凱くんは、私にはないものをいっぱい持ってる。だから、キライなの」


 妹なりの、劣等感。


 その落ち込みようは、そのまま里津が闇に溶けて消えてしまうように錯覚させるほどだ。


 希衣は里津の心の闇を消し飛ばすように、両手で里津の短い髪を乱した。

 里津のことを微塵も配慮しない力に、里津は少し足元をふらつかせた。


「自信を持ちなよ、里津。大丈夫。里津には里津のよさがある」


 ありきたりな励ましの言葉は、里津には届いていないようで、ぐしゃぐしゃになった髪に隠された口元は、まだ曲がっている。


「里津には、正義感がある。弱者を進んで助けられる強さがある。弱者に寄り添える優しさがある。私はそんな里津の優しさに救われたんだよ」


 希衣は里津の髪を整えると、優しく微笑んだ。


 それがあまりにも暖かくて、里津は思わず泣きそうになった。

 だけど、本当に泣いてしまうのは恥ずかしくて、里津は涙目を隠すかのように希衣に抱きついた。


「ありがとう、希衣ちゃん」

「里津のことわかってないと、里津の親友とは言えないからね」


 誇らしげな声が追い討ちとなり、里津は希衣の胸で静かに涙を落とした。

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