店を出ると、まだ少しだけ冷たい風が吹いた。
春らしい寒さに、里津と希衣は揃って肩をすくめる。
「ねえ里津、赤城先輩に迷惑かけてない?」
「急になに……」
「んー? なんとなく?」
なんとなくで選ばれた話題に、里津は頬を膨らませる。
そんな里津を見て、希衣は笑みを零した。
「里津は仲のいい人にはめちゃくちゃ甘えるところがあるからさ。赤城先輩を困らせてないかなあって思ったの。気を悪くさせたなら、ごめんね?」
悪いと思っているようには見えなくて、里津はますます拗ねた顔を見せる。
「……今、和真と組んでないし」
「あれ? 変わったんだ?」
「まあ……いろいろあって」
さすがに警察内部のことを話すわけにはいかず、里津は適当に誤魔化した。
「やっぱり迷惑かけちゃった感じ?」
それを悪い方向に捉えられてしまい、里津の口がどんどん曲がっていく。
「違うから。私と組むことになった新人が、私とだと仕事がやりにくそうだったから、和真と新人、私と若瀬が組むことになったの」
「若瀬? ああ、里津と相性の悪い、凱先輩並に優秀な同期刑事、だっけ」
希衣と会うたびに、里津は若瀬への愚痴を言っていた。
だから、希衣が若瀬の名前を知っていることは驚かない。
けれど、いつ、誰が、若瀬を優秀と言ったのか。
里津は、言った記憶がない。
言ったとすれば、赤城だろうか。
若瀬を褒めて、私は?なんて思った自分が、ひどく恥ずかしく感じた。
「……凱くんのほうが圧倒的に優秀だったから」
「そこ? 本当、里津は凱先輩のこと、好きだねえ」
変な嫉妬心から、おかしなことを口走ったことに気付いた。
ここまで来ると、希衣と話しているのに、楽しくないと思ってしまった。
そう感じてしまったことも、凱が好きだと言われたことも、なにもかもが面白くなくて、里津の機嫌は治らない。
だが、里津の気まぐれな性格に慣れている希衣は、まったく里津の機嫌を取ろうとしない。
「……あんな嫌味な人、キライだもん」
「嫌味? 凱先輩が?」
希衣は信じられないと言わんばかりの反応だ。
凱が自信家だと言われるのなら、わかる。
だが、嫌味たらしい態度を取るような人とは思えなかった。
「……運動できて、勉強もそこそこできて、人が集まる。凱くんは、私にはないものをいっぱい持ってる。だから、キライなの」
妹なりの、劣等感。
その落ち込みようは、そのまま里津が闇に溶けて消えてしまうように錯覚させるほどだ。
希衣は里津の心の闇を消し飛ばすように、両手で里津の短い髪を乱した。
里津のことを微塵も配慮しない力に、里津は少し足元をふらつかせた。
「自信を持ちなよ、里津。大丈夫。里津には里津のよさがある」
ありきたりな励ましの言葉は、里津には届いていないようで、ぐしゃぐしゃになった髪に隠された口元は、まだ曲がっている。
「里津には、正義感がある。弱者を進んで助けられる強さがある。弱者に寄り添える優しさがある。私はそんな里津の優しさに救われたんだよ」
希衣は里津の髪を整えると、優しく微笑んだ。
それがあまりにも暖かくて、里津は思わず泣きそうになった。
だけど、本当に泣いてしまうのは恥ずかしくて、里津は涙目を隠すかのように希衣に抱きついた。
「ありがとう、希衣ちゃん」
「里津のことわかってないと、里津の親友とは言えないからね」
誇らしげな声が追い討ちとなり、里津は希衣の胸で静かに涙を落とした。