赤城は自分が取り出した資料を片付けながら、改めて永戸夫妻殺人事件の資料と睨めっこをする葉宮に、気がかりだったことを聞く。
「そういえば、葉宮君は殺害された夫妻の娘さんと知り合いなんですね」
「そうですけど……」
葉宮の言葉は硬かった。
嫌な予感がしたとでも言うべきだろうか。
刑事は、身内が巻き込まれた事件の捜査はできない。
私情が混ざり、正確な判断ができなくなるからだ。
だから、赤城に捜査はできない、するべきではないと言われるのではないかと思った。
「その子は、どんな様子ですか?」
だが、予想と反した言葉が返され、葉宮は少し驚いた。
「どんな、ですか?」
「ええ。彼女が少しでも笑っているのならいいなと思いまして」
真面目が売りの赤城が、なぜそんなことを気にするのか。
本当に怜南を心配しているのか、それとも。
「赤城さん……もしかして、怜南に話を聞こうとしてますか?」
どうしても気になってしまい、葉宮は尋ねた。
しかし、その表情には“そんなことさせない”と書いてある。
怜南が必死に乗り越えようとしている過去を、掘り起こさせてたまるものか。
そう考える葉宮が見せる視線は、とても上司に向けていいものではない。
「ことと次第では。ただ、娘がいる身として、彼女が幸せであればいいと思っただけですよ」
どちらも、きっと本心だ。
だからこそ、葉宮は言葉に困った。
「……怜南が幸せかどうかは、俺にはわかりません。今でも事件の夢に苦しめられているみたいだし、事件のショックで出なくなった声だって戻ってない。俺からしてみれば、怜南はまだ、幸せの基準に届いてないんです。もっと、もっと怜南は幸せになっていい。幸せにならなければいけないんです」
感情が高まり、語尾が強くなっていった。
葉宮が冷静な判断ができないことを知るには十分なほどの言葉。
けれど、落ち着けと言ったところで、落ち着かないことは、里津とのやり取りで知っている。
今できることは、葉宮が暴走しないように見張っていることくらいだろうか。
「赤城さん?」
なにを言うか考えていると、葉宮が顔を覗き込んだ。
赤城は笑顔を作り、誤魔化す。
「いえ、至極真っ当な願いですね。僕も、その子は誰よりも幸せになるべきだと思います」
赤城のそれは作り笑いだったが、葉宮は本当に安心してみせた。
「赤城さんにそう言ってもらえてよかったです。こういう感情はよくないって言われると思ってたので」
葉宮は言いながら、資料を片付けようとするが、赤城がその手を止めた。
「すみません、もう少しこの資料を読んでおきたいので、先に戻っていてください」
「わかりました。じゃあ、あとはお願いします」
葉宮は赤城の言葉が嬉しかったらしい。
赤城が不安視していることなど気付かず、保管室を出ていく。
赤城は、この事件を葉宮一人で解決できるとは思えなかった。
目撃情報も容疑者も少ない。
唯一の証言者には、話が聞けない。
十五年も前の事件となると、聞き込みをしたところで、得られる情報の量などたかが知れている。
つまり、永戸怜南に話を聞く以外、解決の道はない。
誰だってそんなことは容易にわかる。
『今でも事件の夢に苦しめられている』
葉宮のその言葉が、赤城にその選択をさせることを躊躇わせていた。
犯人の目的がわかれば容疑者を挙げることができるかもしれないが、それができていれば未解決で処理はされていない。
先の思いやられる状況に、赤城はため息をつく。
「凱や里津さんなら、迷いはしないんだろうな……」
独り言は薄暗い部屋の中へ、静かに消えていった。