里津たちと別れた赤城は、事件資料保管室に入る。
「順調ですか、葉宮君」
部屋の隅に置かれた机に資料を広げる葉宮に声をかけるが、順調ではないことは見ればわかった。
捜査資料を眺めているだけ。
そんなふうに見えた。
赤城が声をかけた事で、葉宮は助けを求めるような目をして、顔を上げた。
「未解決になっている理由って、やっぱりあるんですね……手がかりが一つも見つかりません」
赤城は壁に立てかけられたパイプ椅子を広げ、座る。
そして、葉宮が睨めっこしていた資料を取り、一枚、また一枚とめくっていく。
「この事件は殺人事件ですから、警察も必死に捜査を進めたはずです。女の子は記憶障害を起こしているようですし、なおさら。まあ、里津さんなら『捜査不足』と言い切るんでしょうけど」
里津の言い方を想像したのか、赤城はくすりと笑う。
葉宮はそれが、未熟だと嘲笑われているように感じた。
事件当時のことは、詳細に書かれていた。
少ないけれど、目撃情報もあった。
その上で、犯人が見つかっていない。
それななのに。
これで、捜査不足?
里津なら気付ける?
それに気付けない自分は無能だと言われているような気がした。
だが、昨日の里津の推理展開を思い出すと、里津に敵わなくて当然だと思った。
「……木崎さんは、なにを見て事件を解決しているんでしょうか」
それを尋ねるのは屈辱だったが、プライドを気にしている場合ではなかった。
少しでもはやく解決して、怜南に安心してほしい。
そのためには、手段を選ぶものか。
そう思うなら、里津を頼るのが最善なのだろうが、あっさりと解決されてしまうのは癪で、それだけは嫌だった。
「きっと、僕たちよりも多くのものを見ているのだと思いますよ」
赤城はそう言いながら、資料を取りに席を立った。
そしてとある捜査ファイルを葉宮に渡す。
「その事件は、里津さんが資料だけを見て犯人を言い当てた事件です」
葉宮はすぐにファイルを開く。
その事件は五年前に起きた殺人未遂事件だった。
目撃者は少なく、容疑者のアリバイはない。
犯人と思しき人物は存在したが決定打がなく、不本意にも未解決となっていた。
怜南の両親の事件と似ているような気がした。
「里津さんは捜査写真を見て、どうして犯人が捕まっていないのかと、僕の胸ぐらを掴んできました。こんな穴だらけのアリバイを信じたのか、と」
そのときの様子がなんとなく想像できてしまい、葉宮は苦笑する。
「そのころから、犯人に対しての憎悪は人並みではなかったんですね」
「里津さんは、この世から犯罪者を消すために警察官になったそうですから」
なんとも里津らしい理由だ。
こんなにも腑に落ちる理由もないだろう。
そう思いながら、葉宮は資料をめくる。
「それで、里津さんが言うように検証してみたところ、アリバイが崩され、逮捕に至ったのです」
これから自分がやろうとしていることを、里津は瞬間的にやってしまった。
文字だけで、見ただけで。
嫉妬のような、焦りのような、言葉にするには難しい感情が湧いてきた。
「里津さんと組み直しますか?」
葉宮の葛藤が伝わったのか、赤城は静かに尋ねた。
里津と組めば、きっとすぐに解決できるだろう。
だが、それは自分自身の力ではない。
「……いえ」
葉宮は資料を突き返す。
「この事件の犯人は、俺が捕まえます。怜南をあんな目に遭わせた犯人を、絶対に許さない」
葉宮の強い瞳が、里津と重なった。
その揺るがない意志に、赤城は余計なことを言ったと思った。
「里津さんを頼らないとなるとかなり難航するでしょうが、覚悟の上みたいですね。いいでしょう、乗りかかった船です。協力できそうなことはやりますよ」
「ありがとうございます」
赤城が味方になってくれたことで、葉宮は無敵になった気分だった。