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第21話 焦り

 里津たちと別れた赤城は、事件資料保管室に入る。


「順調ですか、葉宮君」


 部屋の隅に置かれた机に資料を広げる葉宮に声をかけるが、順調ではないことは見ればわかった。

 捜査資料を眺めているだけ。

 そんなふうに見えた。


 赤城が声をかけた事で、葉宮は助けを求めるような目をして、顔を上げた。


「未解決になっている理由って、やっぱりあるんですね……手がかりが一つも見つかりません」


 赤城は壁に立てかけられたパイプ椅子を広げ、座る。

 そして、葉宮が睨めっこしていた資料を取り、一枚、また一枚とめくっていく。


「この事件は殺人事件ですから、警察も必死に捜査を進めたはずです。女の子は記憶障害を起こしているようですし、なおさら。まあ、里津さんなら『捜査不足』と言い切るんでしょうけど」


 里津の言い方を想像したのか、赤城はくすりと笑う。


 葉宮はそれが、未熟だと嘲笑われているように感じた。


 事件当時のことは、詳細に書かれていた。

 少ないけれど、目撃情報もあった。


 その上で、犯人が見つかっていない。


 それななのに。

 これで、捜査不足?

 里津なら気付ける?


 それに気付けない自分は無能だと言われているような気がした。


 だが、昨日の里津の推理展開を思い出すと、里津に敵わなくて当然だと思った。


「……木崎さんは、なにを見て事件を解決しているんでしょうか」


 それを尋ねるのは屈辱だったが、プライドを気にしている場合ではなかった。


 少しでもはやく解決して、怜南に安心してほしい。

 そのためには、手段を選ぶものか。


  そう思うなら、里津を頼るのが最善なのだろうが、あっさりと解決されてしまうのは癪で、それだけは嫌だった。


「きっと、僕たちよりも多くのものを見ているのだと思いますよ」


 赤城はそう言いながら、資料を取りに席を立った。

 そしてとある捜査ファイルを葉宮に渡す。


「その事件は、里津さんが資料だけを見て犯人を言い当てた事件です」


 葉宮はすぐにファイルを開く。


 その事件は五年前に起きた殺人未遂事件だった。

 目撃者は少なく、容疑者のアリバイはない。

 犯人と思しき人物は存在したが決定打がなく、不本意にも未解決となっていた。


 怜南の両親の事件と似ているような気がした。


「里津さんは捜査写真を見て、どうして犯人が捕まっていないのかと、僕の胸ぐらを掴んできました。こんな穴だらけのアリバイを信じたのか、と」


 そのときの様子がなんとなく想像できてしまい、葉宮は苦笑する。


「そのころから、犯人に対しての憎悪は人並みではなかったんですね」

「里津さんは、この世から犯罪者を消すために警察官になったそうですから」


 なんとも里津らしい理由だ。

 こんなにも腑に落ちる理由もないだろう。


 そう思いながら、葉宮は資料をめくる。


「それで、里津さんが言うように検証してみたところ、アリバイが崩され、逮捕に至ったのです」


 これから自分がやろうとしていることを、里津は瞬間的にやってしまった。


 文字だけで、見ただけで。


 嫉妬のような、焦りのような、言葉にするには難しい感情が湧いてきた。


「里津さんと組み直しますか?」


 葉宮の葛藤が伝わったのか、赤城は静かに尋ねた。


 里津と組めば、きっとすぐに解決できるだろう。

 だが、それは自分自身の力ではない。


「……いえ」


 葉宮は資料を突き返す。


「この事件の犯人は、俺が捕まえます。怜南をあんな目に遭わせた犯人を、絶対に許さない」


 葉宮の強い瞳が、里津と重なった。


 その揺るがない意志に、赤城は余計なことを言ったと思った。


「里津さんを頼らないとなるとかなり難航するでしょうが、覚悟の上みたいですね。いいでしょう、乗りかかった船です。協力できそうなことはやりますよ」

「ありがとうございます」


 赤城が味方になってくれたことで、葉宮は無敵になった気分だった。

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