若瀬は取り調べ室を出ると、そのまま隣のドアを開けた。
そこには、マジックミラー越しに無人の取り調べ室を睨む里津がいる。
「聞いていたか?」
ドアを閉めながら聞くが、里津の意識は若瀬には向かない。
小声で呟いている声をしっかりと聞いてみる。
「凱くんの言っていたことはやっぱり正しかった……私に苦しんでほしい……なら、過去の犯人? いや、ほとんどまだ刑務所の中にいる……ということは、犯人の関係者……だとして、あの人って誰……」
里津はひたすら、さっきのやり取りを整理していた。
その視線は、ただ目の前の事件を解決することしか見えていないらしい。
若瀬は自分が狙われている状況下でも変わらない里津に、関心すらした。
「アイツらにアドバイスした人物か……お前に恨みがある奴はたくさんいるからな」
その言葉を聞いて、里津はようやく若瀬の存在を認知した。
刑事としての里津の中に、混乱している様子が見える。
ここまで直接的な悪意に触れれば、さすがの里津も堪えられない部分があるのだろう。
だが、若瀬はそのことは見て見ぬふりをすることにした。
「でも……私に恨みがあって、凱くんが三年前に刑事を辞めたことを知ってる人は少ない」
「そうか? 割といると思うけど」
里津はドアを開け、部屋を出る。
「警察の人ならね。でも、プライベートとなると、限られてくる」
「どれだけ人間関係狭いんだよ……」
小さな声でも、里津は聞き逃さなかった。
振り向き、ドアを閉めようとする若瀬を睨む。
「私の人間関係が狭いとかじゃなくて。兄妹のことを揃って知ってるなんて、そうそういないでしょ」
「へえ、そういうもんか」
若瀬は一人っ子であり、里津の言っていることはあまり理解できなかった。
軽く受け流されたことで、里津はその部分は深めず、歩きながら本題である“あの人”の正体を考える。
「私と凱くんを知ってるとなると……和真?」
里津の左隣に立った若瀬は、それを聞くやいなや「はあ?」と声を出した。
「おいおい、正気か? 赤城さんが犯罪者に手を貸すわけないだろ」
「……たしかに、ありえない」
真っ先に思い浮かんだ人物だったが、若瀬の言う通りであり、里津はすぐさまその説を棄却した。
しかし、若瀬はある違和感を抱いた。
「てか、なんでお前の周りから考えないんだよ」
「なんでって、凱くんと入れ替わるように刑事になったから、凱くんのことをちゃんと知ってる人、警察関係者以外にいない……」
徐々に声が小さくなったことと、里津の表情から、若瀬はにやりと笑った。
「心当たりがありそうだな。で、その人はお前が正体を知れば、ショックを受ける人間か?」
里津は答えない。
「無言の肯定ってか」
若瀬の勘の良さに苛立ちを覚えながらも、否定したい気持ちが勝っていた。
「でも、そんなわけ……」
必死に否定をしようとする里津の様子を見て、若瀬は嘲笑する。
「すでにショック受けてんじゃねえか。敵の思う壺か?」
その煽り言葉に、里津は若瀬を鋭い視線で捉える。
「……私が希衣ちゃんの身の潔白を証明する」
「キイ?」
「私の唯一の親友」
「友達いたんだな」
変わらずバカにしてくる若瀬。
里津は勢い任せに若瀬の右肩を殴り、自分の席へと戻った。