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第19話 思う壺

 若瀬は取り調べ室を出ると、そのまま隣のドアを開けた。

 そこには、マジックミラー越しに無人の取り調べ室を睨む里津がいる。


「聞いていたか?」


 ドアを閉めながら聞くが、里津の意識は若瀬には向かない。


 小声で呟いている声をしっかりと聞いてみる。


「凱くんの言っていたことはやっぱり正しかった……私に苦しんでほしい……なら、過去の犯人? いや、ほとんどまだ刑務所の中にいる……ということは、犯人の関係者……だとして、あの人って誰……」


 里津はひたすら、さっきのやり取りを整理していた。

 その視線は、ただ目の前の事件を解決することしか見えていないらしい。


 若瀬は自分が狙われている状況下でも変わらない里津に、関心すらした。


「アイツらにアドバイスした人物か……お前に恨みがある奴はたくさんいるからな」


 その言葉を聞いて、里津はようやく若瀬の存在を認知した。


 刑事としての里津の中に、混乱している様子が見える。

 ここまで直接的な悪意に触れれば、さすがの里津も堪えられない部分があるのだろう。


 だが、若瀬はそのことは見て見ぬふりをすることにした。


「でも……私に恨みがあって、凱くんが三年前に刑事を辞めたことを知ってる人は少ない」

「そうか? 割といると思うけど」


 里津はドアを開け、部屋を出る。


「警察の人ならね。でも、プライベートとなると、限られてくる」

「どれだけ人間関係狭いんだよ……」


 小さな声でも、里津は聞き逃さなかった。

 振り向き、ドアを閉めようとする若瀬を睨む。


「私の人間関係が狭いとかじゃなくて。兄妹のことを揃って知ってるなんて、そうそういないでしょ」

「へえ、そういうもんか」


 若瀬は一人っ子であり、里津の言っていることはあまり理解できなかった。


 軽く受け流されたことで、里津はその部分は深めず、歩きながら本題である“あの人”の正体を考える。


「私と凱くんを知ってるとなると……和真?」


 里津の左隣に立った若瀬は、それを聞くやいなや「はあ?」と声を出した。


「おいおい、正気か? 赤城さんが犯罪者に手を貸すわけないだろ」

「……たしかに、ありえない」


 真っ先に思い浮かんだ人物だったが、若瀬の言う通りであり、里津はすぐさまその説を棄却した。


 しかし、若瀬はある違和感を抱いた。


「てか、なんでお前の周りから考えないんだよ」

「なんでって、凱くんと入れ替わるように刑事になったから、凱くんのことをちゃんと知ってる人、警察関係者以外にいない……」


 徐々に声が小さくなったことと、里津の表情から、若瀬はにやりと笑った。


「心当たりがありそうだな。で、その人はお前が正体を知れば、ショックを受ける人間か?」


 里津は答えない。


「無言の肯定ってか」


 若瀬の勘の良さに苛立ちを覚えながらも、否定したい気持ちが勝っていた。


「でも、そんなわけ……」


 必死に否定をしようとする里津の様子を見て、若瀬は嘲笑する。


「すでにショック受けてんじゃねえか。敵の思う壺か?」


 その煽り言葉に、里津は若瀬を鋭い視線で捉える。


「……私が希衣ちゃんの身の潔白を証明する」

「キイ?」

「私の唯一の親友」

「友達いたんだな」


 変わらずバカにしてくる若瀬。

 里津は勢い任せに若瀬の右肩を殴り、自分の席へと戻った。

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