若瀬は取り調べ室を開ける。
部屋の隅に書記役の刑事が、部屋の中央には昨日の犯人がパイプ椅子に座っている。
「また刑事さんか」
男は少しつまらなさそうに言うと、刑事がキーボードを打つ。
若瀬は向かいのパイプ椅子を引きながら、ため息混じりに答える。
「お前が全部話さない限り、何度でも続く」
「そうか。ところで、木崎里津の様子は?」
男は気持ちの悪い笑みを見せる。
なにかを期待しているようにも見えるが、不気味さのほうが勝った。
「そんなもの、聞いてどうする」
「それを聞くのが、俺の楽しみだからさ。一番に動き、捕まる可能性のあるトップバッターの利点は、そこしかない。木崎里津が苦しんでいるかどうかを、間近で楽しめる」
その発言だけで、どれだけ里津のことを恨んでいるのかは、よくわかった。
しかし、若瀬は違うことに注意していた。
「つまり、木崎を狙うのはお前一人ではないということか」
男は一瞬、目を見開いた。
話しすぎたという反応にも見えるが、よくそこに気付いたなとバカにされているようにも見える。
「その通り。木崎里津に恨みを抱いている人間はたくさんいるからな」
男はにやりと口角を上げた。
どうにもメンタルを削られてしまう。
だが、若瀬はどうにか冷静を保ち、質問を重ねていく。
「どうして木崎里津を恨んでいながら、木崎凱を殺そうとした」
「昨日も言っただろ? 木崎里津を苦しめるためだ」
変わらない理由を聞き、若瀬は男を睨む。
「そのためなら、人を殺しても構わないと?」
「木崎里津だって、人殺しだ。同じようなことをされて、文句は言えないはずだ」
「木崎が人殺し……?」
若瀬は信じられなかった。
その表情を見て、男は愉快そうに笑う。
「正義感溢れる木崎里津が罪を犯すなんてありえないと思っていたのかな?」
『ククッ』という笑い声が、癇に障る。
ちょっとした怒りを押さえ込み、聞きたいことが聞けるまで、質問を重ねていく。
「……木崎凱を狙ったのは」
似た質問が投げられ、男は舌打ちをする。
相手の求める答えをかえさなければすすまないと察したらしい。
「奴が木崎里津に一番近い人間だから。でも、予定外だったな。あんなに強かったとは」
すると、男は一人で考え込むように視線を落とし、独り言ちる。
知らなかったのか?
そう言うよりも先に、男は独り言を並べ始めた。
「あの人が我々に嘘を教えたのか……いや、そんなことをする理由がない。あの人も木崎里津に恨みがあると言っていた。それは確かだ。ということは、単に知らなかったのか……でもあの人は、木崎凱は刑事を辞めて三年経っているから、多少は弱くなっていると言った……ただの勘違いだったのか」
知りたかったようで知りたくなかった情報が、あっという間に手に入った。
だがその内容は、容易に理解はできなかった。
「お前……なにを言っている」
若瀬の混乱した声で、男は我に返る。
しまったという顔をするが、やはり勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「我々の、木崎里津を最大限に苦しめるための、最終兵器の話さ」
男はまた、不気味な笑い声を出す。
これ以上この場にいては気が狂いそうだったため、若瀬はそこで取り調べを切り上げた。