昼すぎ、正式にコンビの交換が決まり、その結果を聞いた里津は、不満を顕にしていた。
「なんで私と若瀬が組むことになるの」
里津は斜め後ろでキーボードを叩く若瀬の背中を睨みながら言う。
「葉宮と赤城さんが組む時点で、残り者同士で組まされることくらい予想できるだろ」
若瀬も似たような顔をする。
だが、睨み合いをするのは時間の無駄だとわかっているようで、作業をしながら言い返した。
「私一人でいいのに」
「いいわけあるか、アホ」
その返しが予想外だったようで、里津は目を見開く。
「若瀬が大人しく従うなんて、意外」
若瀬は変わらず不機嫌だ。
「上の指示なら仕方ないだろ」
「出た、上の指示」
里津は頬杖をつき、心底聞き飽きたと言わんばかりだ。
「組織に属す以上は、守るべきことだろ」
何度も聞いてきた言葉に、ため息をつく。
「凱くんがなんでやめたのか、よくわかる」
若瀬はそれにどう反応すればいいのか、わからなかった。
「そこまで真似してはいけませんよ」
すると、後ろで仕事をしていた赤城が、口を挟んだ。
里津は椅子を回転させ、頬を膨らませて、赤城の背中を見る。
「……わかってるよ。でも、嫌なものは嫌」
赤城も里津と同じように、振り向いた。
「でしたら、一課から外れますか?」
意地悪とも言える提案に、里津は言葉を詰まらせる。
「ここの決まりが守れないのであれば、ここにいる必要はありません。異動されることをおすすめしますよ」
赤城の言葉はどんどん厳しくなる。
里津は怒られる子供の気分だった。
「和真のわからずや」
結果、反論の言葉も子供じみたものだった。
赤城はますます不貞腐れてしまった里津を見て、鼻で笑う。
「いつまでもわがままでいられると思ったら間違いですよ、里津さん」
里津はこれ以上責められたくなくて、勢いよく椅子を回転させて逃げる。
そしてそのまま、若瀬を睨んだ。
「私たちは、私を狙う集団について調べる。邪魔したら、速攻でクビにしてもらうから」
「お前にその権限はないけどな」
痴話喧嘩が絶えないが、きっと息のあったコンビになると確信してか、赤城は二人を優しい眼差しで見守ることを決め、元に戻る。
「では葉宮君。我々は、貴方の調べたい事件について、捜査していきましょう」
「はい!」
目的に一歩近付けるような気がして、葉宮は人一倍気合いが入っていた。
そして二人は事件資料保管室に向かった。
赤城がいなくなったことで痴話喧嘩が再開するかと思われたが、赤城が捜査を始めると言ったことでスイッチが入ったらしく、そうはならなかった。
「昨日の調書」
里津は右手を差し出し、若瀬に言う。
若瀬は資料の山から里津に言われた、昨日の凱が襲われた事件についての調書を取り出し、その手に置いた。
「ん」
里津はページをめくり、取り調べのやり取りを読み始める。
『名前は?』
『……』
男は答えない。
『女子大生を刃物で怪我をさせたのはお前か』
『なんの話かわからない。俺は、木崎凱を殺したかっただけだ。ん? ああ、そういえば木崎凱のところに行く途中、女とぶつかったな。そのことか?』
『何故、木崎凱を狙った?』
『奴は木崎里津の兄。狙うには十分な理由だ』
『お前の狙いは木崎里津ということか。その理由は?』
『復讐だよ』
『どんな恨みがあって、そんなことを』
『恨みは恨み。一言で説明できるわけがないし、すぐにわかってしまっては面白くない。木崎里津には苦しんでもらわなければ』
調書を読みながら、里津は凱の予想が正しかったのだと思った。
里津を恨んで、里津を苦しめるために、親しい人を狙い、襲った。
そこから先は大したことが書いてなくて、里津は調書を閉じる。
「……犯人、まだ名乗らない?」
「あれは名乗る気がないやつだな」
里津は腕を組み、天井を見る。
「どうした」
「誰なのか考えてる。でも、候補が多すぎて」
若瀬はそれを聞いて、鼻で笑う。
「お前、敵しか作らないからな」
その言葉が気に入らず、里津は若瀬を睨むが、お互いにそれだけで喧嘩再発とはならなかった。
「……凱くんはこれで終わりじゃない、グループの犯行かもって言ってたけど」
「まあ、この先の犯罪計画を聞いたところで、答えるわけがないからな」
もう手詰まりの予感がするが、里津は受け入れたくない気持ちから、目を閉じて記憶を掘り起こす。
「てか、あの人はなんで集団犯罪だと?」
「んー……聞いてない……」
記憶を辿ることに集中しているようで、里津の返事は適当だった。
「そこは聞いとけよ。なんの対策もできないだろ」
「……凱くん呼ぶ?」
若瀬はすぐに答えなかった。
凱が優秀であることは、嫌と言うほど知っている。
だが、どうにも凱に対する苦手意識が消えなかった。
といっても手詰まりであることに変わりはない。
打開策を考えながら、若瀬は里津から調書を取り返し、昨日のやり取りを読み返していく。
『木崎里津には苦しんでもらわなければ』
ふと、その一文が気になった。
「なあ、これ。捕まった奴が言うにはおかしくないか」
里津は考え中であるところを邪魔され、不服そうに指された部分を読む。
「なんで?」
「単独犯なら、捕まって終了だろ? ここから木崎を苦しめることはできないはずだ。でも、アイツは言い切った。今から、木崎は苦しむんだって」
「……たしかに、変だ」
里津は無意識に、集団犯罪だと思ってそれを読んだ。
だから、若瀬が抱いた違和感に気付けなかったのだ。
「……でも、これだけで警察は動かない」
舌打ちでもしそうな表情だ。
それに対して、若瀬は苦笑することしかできない。
「証拠としては弱いよな。まあ、不幸中の幸いは、お前の親しい人間が少ないことだな」
いつも通り喧嘩を売られたが、里津は鼻を鳴らしただけで、買うことはなかった。