目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第17話 捜査開始

 昼すぎ、正式にコンビの交換が決まり、その結果を聞いた里津は、不満を顕にしていた。


「なんで私と若瀬が組むことになるの」


 里津は斜め後ろでキーボードを叩く若瀬の背中を睨みながら言う。


「葉宮と赤城さんが組む時点で、残り者同士で組まされることくらい予想できるだろ」


 若瀬も似たような顔をする。


 だが、睨み合いをするのは時間の無駄だとわかっているようで、作業をしながら言い返した。


「私一人でいいのに」

「いいわけあるか、アホ」


 その返しが予想外だったようで、里津は目を見開く。


「若瀬が大人しく従うなんて、意外」


 若瀬は変わらず不機嫌だ。


「上の指示なら仕方ないだろ」

「出た、上の指示」


 里津は頬杖をつき、心底聞き飽きたと言わんばかりだ。


「組織に属す以上は、守るべきことだろ」


 何度も聞いてきた言葉に、ため息をつく。


「凱くんがなんでやめたのか、よくわかる」


 若瀬はそれにどう反応すればいいのか、わからなかった。


「そこまで真似してはいけませんよ」


 すると、後ろで仕事をしていた赤城が、口を挟んだ。


 里津は椅子を回転させ、頬を膨らませて、赤城の背中を見る。


「……わかってるよ。でも、嫌なものは嫌」


 赤城も里津と同じように、振り向いた。


「でしたら、一課から外れますか?」


 意地悪とも言える提案に、里津は言葉を詰まらせる。


「ここの決まりが守れないのであれば、ここにいる必要はありません。異動されることをおすすめしますよ」


 赤城の言葉はどんどん厳しくなる。

 里津は怒られる子供の気分だった。


「和真のわからずや」


 結果、反論の言葉も子供じみたものだった。

 赤城はますます不貞腐れてしまった里津を見て、鼻で笑う。


「いつまでもわがままでいられると思ったら間違いですよ、里津さん」


 里津はこれ以上責められたくなくて、勢いよく椅子を回転させて逃げる。

 そしてそのまま、若瀬を睨んだ。


「私たちは、私を狙う集団について調べる。邪魔したら、速攻でクビにしてもらうから」

「お前にその権限はないけどな」


 痴話喧嘩が絶えないが、きっと息のあったコンビになると確信してか、赤城は二人を優しい眼差しで見守ることを決め、元に戻る。


「では葉宮君。我々は、貴方の調べたい事件について、捜査していきましょう」

「はい!」


 目的に一歩近付けるような気がして、葉宮は人一倍気合いが入っていた。

 そして二人は事件資料保管室に向かった。


 赤城がいなくなったことで痴話喧嘩が再開するかと思われたが、赤城が捜査を始めると言ったことでスイッチが入ったらしく、そうはならなかった。


「昨日の調書」


 里津は右手を差し出し、若瀬に言う。


 若瀬は資料の山から里津に言われた、昨日の凱が襲われた事件についての調書を取り出し、その手に置いた。


「ん」


 里津はページをめくり、取り調べのやり取りを読み始める。


『名前は?』

『……』


 男は答えない。


『女子大生を刃物で怪我をさせたのはお前か』

『なんの話かわからない。俺は、木崎凱を殺したかっただけだ。ん? ああ、そういえば木崎凱のところに行く途中、女とぶつかったな。そのことか?』

『何故、木崎凱を狙った?』

『奴は木崎里津の兄。狙うには十分な理由だ』

『お前の狙いは木崎里津ということか。その理由は?』

『復讐だよ』

『どんな恨みがあって、そんなことを』

『恨みは恨み。一言で説明できるわけがないし、すぐにわかってしまっては面白くない。木崎里津には苦しんでもらわなければ』


 調書を読みながら、里津は凱の予想が正しかったのだと思った。

 里津を恨んで、里津を苦しめるために、親しい人を狙い、襲った。


 そこから先は大したことが書いてなくて、里津は調書を閉じる。


「……犯人、まだ名乗らない?」

「あれは名乗る気がないやつだな」


 里津は腕を組み、天井を見る。


「どうした」

「誰なのか考えてる。でも、候補が多すぎて」


 若瀬はそれを聞いて、鼻で笑う。


「お前、敵しか作らないからな」


 その言葉が気に入らず、里津は若瀬を睨むが、お互いにそれだけで喧嘩再発とはならなかった。


「……凱くんはこれで終わりじゃない、グループの犯行かもって言ってたけど」

「まあ、この先の犯罪計画を聞いたところで、答えるわけがないからな」


 もう手詰まりの予感がするが、里津は受け入れたくない気持ちから、目を閉じて記憶を掘り起こす。


「てか、あの人はなんで集団犯罪だと?」

「んー……聞いてない……」


 記憶を辿ることに集中しているようで、里津の返事は適当だった。


「そこは聞いとけよ。なんの対策もできないだろ」

「……凱くん呼ぶ?」


 若瀬はすぐに答えなかった。


 凱が優秀であることは、嫌と言うほど知っている。

 だが、どうにも凱に対する苦手意識が消えなかった。


 といっても手詰まりであることに変わりはない。


 打開策を考えながら、若瀬は里津から調書を取り返し、昨日のやり取りを読み返していく。


『木崎里津には苦しんでもらわなければ』


 ふと、その一文が気になった。


「なあ、これ。捕まった奴が言うにはおかしくないか」


 里津は考え中であるところを邪魔され、不服そうに指された部分を読む。


「なんで?」

「単独犯なら、捕まって終了だろ? ここから木崎を苦しめることはできないはずだ。でも、アイツは言い切った。今から、木崎は苦しむんだって」

「……たしかに、変だ」


 里津は無意識に、集団犯罪だと思ってそれを読んだ。

 だから、若瀬が抱いた違和感に気付けなかったのだ。


「……でも、これだけで警察は動かない」


 舌打ちでもしそうな表情だ。

 それに対して、若瀬は苦笑することしかできない。


「証拠としては弱いよな。まあ、不幸中の幸いは、お前の親しい人間が少ないことだな」


 いつも通り喧嘩を売られたが、里津は鼻を鳴らしただけで、買うことはなかった。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?