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第10話 不穏

「あー……腹減った」


 事情聴取室で言われたそれは、凱の独り言ではなく、赤城に対しての恨み言だった。


 凱の事情聴取は、事件のことを聞くのみに留まらず、説教までセットとなり、一時間程度拘束されていた。


「お詫びに飯奢れよ、和真」

「こっちは仕事をしただけだ。寝言は寝て言え」


 赤城は資料を揃えながら、冷たく返す。


「仕事なら、説教はいらないだろ。捕まえる必要はないだの、やりすぎだの。耳タコ」

「いい加減、もう自分は刑事ではないと自覚しろ」

「はいはい」


 まるで聞いていない返事に、赤城はまた怒りを覚える。


 しかしこれ以上、凱と話す時間を作るわけにもいかず、抑え込む。


「やっぱり二人は仲がいいね」


 ノックと共に、里津が言う。


「だろ?」

「ただの腐れ縁です」


 不満そうにする赤城と、嬉しそうにする凱。

 正反対な反応に、里津は小さく笑う。


「それで、里津さん。凱が気絶させた男の聴取は済みましたか?」

「うん。指示通り、若瀬がやったよ」


 里津は、入れ替わるように部屋を出た刑事が座っていた、部屋の隅にある椅子に座る。


「お前、まだ里津に対してもそんな感じなのか。女が苦手なのは相変わらずか?」


 凱は明らかにからかってきているが、赤城は乗らなかった。

 それどころか、無視を貫いた。


「男は何を言っていました?」

「女とぶつかった記憶はあるが、切りつけた記憶はない。ただ俺は、木崎凱を殺したかっただけだ。だって。凱くん、めちゃくちゃ恨まれてたよ。何したの?」


 里津の質問に、凱は腕を組んで考え込む。


「思い当たる節がないとは言わせないからな」


 凱がふざけるであろうと即座に察して、赤城は釘を刺すが、凱は冗談を言う空気を作らなかった。

 珍しく真面目な表情をしているから、里津と赤城は戸惑いを見せる。


「凱くん、どうしたの?」

「いや……そういえばアイツ、変なこと呟いてたなと思って……」

「変なこと?」


 凱は里津を一瞥する。


 たった一人の可愛い妹の里津に、正直に伝えてもいいものなのだろうか。


 凱は迷ったが、二人の空気は話すように促していて、気のせいだったと逃げるには無理があるように思った。


「木崎里津の関係者は消えてもらう、的な……」


 空気がピリついた。


 凱が予想していた通り、里津は動揺を隠しきれていない。


「……じゃ、じゃあ……恨まれているのは、私ってこと……?」


 凱も赤城も、なにも言えなかった。


 二人は誰かから恨まれることに慣れてしまったが、里津はまだその領域に達していない。


「でも、アイツを捕まえたならもう事件は解決したってことだろ?」


 少しでも里津への安心材料がほしい。

 赤城はそう思って凱に尋ねるが、凱は浮かない表情をしている。


「いや……あの感じは、集団の可能性が高い……おまけに、誰を狙ってくるかわからない。厄介だ」


 凱はそう言って、里津の絶望している顔に気が付いた。


 そっと立ち上がり、俯く里津の視界に入るように、目の前にしゃがむ。


「里津、気にしすぎるなよ。初っ端に俺を狙ってきているあたり、大したことない相手だろうし。な?」


 空気を変えるように笑ってみせるが、里津の表情は戻らない。

 それどころか、顔色が悪くなる一方だ。


「……凱くん、どうしよう。希衣きいちゃんが危ない」


 里津は震える声で訴えた。


 川霧かわぎり希衣。

 里津の唯一無二の友人だ。


 周りを巻き込むような復讐が始まってしまったのなら、彼女が狙われないとは言い切れなかった。


 その可能性に気付いてしまい、里津は泣きそうになっている。


「落ち着け。そのための、俺だろ?」


 そう言われても、不安は拭えなかった。


「……ニートのくせに」


 しかし、自分は刑事だ。

 いつまでも引きずるわけにはいかないため、里津は悪態をつき、無理矢理気持ちを切り替える。


 それを察して、凱はその悪態に便乗した。


「ただのニートじゃない。超優秀だった元刑事だ。な? 心強いだろ?」

「現役刑事の和真のほうが頼りになりそう……」

「ちょっと待て、里津、それ本気で言ってないか? 聞き捨てならないんだが?」


 慌てる凱を見て、里津は弱々しく笑って見せた。

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