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第9話 確保

 里津は深呼吸をし、凱に対しての怒りを無理矢理抑え込む。

 今は、くだらない喧嘩をしている場合ではない。


「この人、どうしたの?」


 すると、凱は右手に持っていたジッパーバッグを里津に渡す。

 それは、ハンカチで包まれた刃渡り十五センチ程度のナイフだった。


 予想外の物を渡されて、里津は目を見開いて凱を見つめる。

 凱は一切驚きを見せない。


「家出た瞬間に襲ってきたから、捕まえた」


 こんなにも冷静に言うような言葉ではない。

 動揺しているのは、里津だけ。


「待って、凱くんが狙われたってこと? 怪我は?」

「してない。まあ俺は、人気者だからなあ」


 真剣な表情をする里津に対して、凱はそれを冗談として笑い飛ばそうとする。


 そんな凱を、里津は睨みつける。


「ふざけてる場合じゃないから。って、待って。家出た瞬間? 凱くんって、S区に住んでなかった?」

「そうだけど」

「S区……胡桃沢さんが襲われた場所と近いですね」


 ずっと聞いているだけだった葉宮が、独り言のように呟いた。


 里津は、ナイフに付着している血液が凱のものではなく、結芽のものだと気付き、葉宮に渡す。


「これを鑑識に持っていって。それから、和真たちに連絡。胡桃沢さんを襲った犯人、捕まえたかもって」


 葉宮も同じ結論に至っていたようで、あまり驚いているようには見えなかった。


 ただ、予想外のタイミングでの事件解決に、若干動揺しているようだった。


「もしかして、どこに持っていくかわからない?」


 葉宮がすぐに行動に移らなかったことを、里津は動揺しているからとは微塵も思っていなかった。


「い、いえ、わかります。行ってきます」


 そう言って走り去っていく葉宮の背中を見ながら、凱は聞く。


「なになに、コイツ、別事件の犯人でもあったってわけ?」


 本来、部外者に事件の話をすることは、許されない。


 だが、凱があまりにも自然に聞いたものだから、里津は流れるように答えてしまった。


「別事件というか……多分、胡桃沢さんはただ、運悪く巻き込まれただけなんだと思う」

「巻き込まれた?」

「胡桃沢さんは何者かに刃物で傷つけられてて。でも、切られたのが腕だけで、そこまで深くなかった。ただぶつかった、みたいな感じで。あと、盗まれたものとかも特になかった。だから、胡桃沢さんを狙った犯行だとしたら妙だなって思ってたんだけど……」


 そこまで話して、話しすぎたことに気付くが、もう遅い。


「なるほど。その胡桃沢って子は、俺を殺しに行く途中のコイツと、不運にもぶつかってしまったってことか」


 今の話を撤回しようにもできるわけもなく、里津は仕方なく会話を続ける。


「……多分」


 凱は床に座らせている、気絶した男を見て、鼻で笑う。


「しっかし、刃を出したまま歩くとは、迷惑な野郎だな。つか、アホ。誰か殺しに行く気なら、通報されないようにしろっての」

「そこじゃないから……でも、傷付く必要のなかった人まで傷付けて、最低だよ」


 男を睨みつける里津の視線には、憎しみが込められているようだった。


 なぜ、里津がここまで犯罪者を憎むのか。


 その理由を知っている凱は、里津にかける言葉を探した。

 だが、凱がなにか発言するより先に、誰かに右肩を掴まれた。


「……なんだ、ビビらせんなよ、和真」


 凱の背後に、息を切らせた赤城がいる。

 怒っているのは、言うまでもない。


「それはこっちのセリフだ、阿呆。一般人が逮捕なんてことをするな」

「あー……はいはい、すみませんでした、赤城刑事」


 怒られ慣れている凱は、火に油を注げば面倒になると思い、軽く流す。

 赤城のため息は大きかった。


「今から事情聴取な」

「は? おい嘘だろ、俺、朝飯まだなんだけど」

「知るか」


 そして抵抗する間も与えらえず、凱は赤城に引きずられていった。

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