胡桃沢姉妹を事情聴取室に通すと、里津はその場をほかの刑事に任せ、離れた。
後ろに葉宮がいることに気付いていないのか、どんどん進んでいく。
「木崎さん、あの二人についていなくてもいいんですか」
それでも葉宮は置いていかれないように里津を追いかけ、引き止めるように里津の背中に声をかけた。
すると、里津はスピードを緩めた。
「……私じゃ、ダメなんだよ」
さっきまで強気で赤城と言い合いをしていた人物と同じ人だとは思えないくらい、弱々しい声だった。
足を止めた里津の背中は、小さく見える。
「……私と出会ったことで、咲里さんが奥底にしまってた記憶の鍵を開けてしまった。思い出したくないことを、思い出させてしまった。だから、今、私がそばにいるのは最善じゃないの」
里津が少し振り向いたことで見えた横顔には、後悔が滲んでいる。
その言葉を聞いて、葉宮はとある少女の姿を思い出した。
忘れたくても忘れられない、過去に苦しめられる少女を。
「……たしかに、なにがきっかけでフラッシュバックするかなんて、わからないですよね」
すると、里津は目を見開いて葉宮を見つめた。
今の葉宮の発言に、必要以上に驚いている。
「君、そんなこと思える人だったんだ」
失礼だと言い返したいところだったが、さっきの自分の失敗を思うと、なにも言えなかった。
葉宮は気持ちを切り替えるように、咳ばらいをする。
「思い出したんです。心の傷がどれだけ深いのかなんて他人には推し量れないし、簡単には癒えないってこと」
里津はますます葉宮の顔を凝視する。
そのことがわかっていて、君は彼女にあんな発言をしたの?
里津の目は、そう語っているようだ。
酷く責められているような気分になり、葉宮は里津の目が見れなくなる。
「ねえ君、もしかして被害者だった過去がある? それとも、被害者だった人が周りにいる?」
ストレートな質問に、葉宮は目を見開く。
「随分はっきりと聞きますね。それでもし僕が被害者だった過去を持っていたら、どうするんです」
葉宮が呆れたような顔をして言うが、里津はにやりと笑った。
「どうもしない。私、君が被害者だったなんて、思っていないし」
どうして言い切れるのかと質問をするより先に、背を向けられてしまった。
「まず一つ」
里津は歩きながら右手を肩あたりまで挙げて、人差し指を立てた。
「今の顔を見るに、君の立場は、傷付いた人に声をかけたいって人。被害者本人なら、もっと恐ろしいものを見た、みたいな顔になってもいいのに、そうじゃなかった。むしろ、無力な自分を責めてるって感じかな。そして二つ目」
今度は中指が立つ。
「事件に巻き込まれたことがある人は、警察官になろうと思わないだろうし、向いてない。君も言っていたけど、なにがフラッシュバックになるかわからない。こんな事件の巣窟で、自分の事件と似た事件が発生しないとも言い切れない場所に、好んで来る人なんていない。ラスト、三つ目」
最後は薬指。
「君ほど突っ走る人は、正義感の使い方を間違えてしまうことがある。だから、もし自分が被害者なら、正攻法で犯人を捕まえるよりも、復讐に走る可能性が高い。以上」
並べ立てられた三つの根拠に、後ろをついて歩く葉宮は驚く以外できなかった。
ここまで正しい根拠を並べられると、返す言葉もない。
そして、なぜ里津がエースと言われているのか、その理由を垣間見た気がした。