遠目に被害者の安心した顔を見ながら、葉宮は彼女の怯えた目を思い出す。
里津の被害者への対応に、焦りと苛立ちを覚えて、自分はなんて言っただろうか。
『どんなふうに襲われたのか、詳しく教えてもらってもいいですか?』
そう言ったとき、彼女は間違いなく戸惑いを見せた。
恐怖に染まった、彼女の表情。
そんな彼女が、どうして今、里津に笑顔を見せているのか。
それがわからないほど、葉宮は愚かではなかった。
「その様子だと、なぜ里津さんに殴られたのか、理解したようですね」
「はい……」
葉宮は事件を解決させることをなによりも優先してしまったばかりに、彼女の気持ちに寄り添うことができていなかった。
刃物で襲われ、怖い思いをした人に対して『事件当時のことを詳しく教えてほしい』といきなり言うのは、間違っていたのだ。
自分の未熟さを痛感する。
「……でも、僕が間違っていたからといって、殴るのはやりすぎだと思います」
葉宮は自分の腹部に手を添える。
憎しみの込められた声からして、相当強い力で殴られたらしい。
不服そうな葉宮を見て、赤城は困ったように笑みをこぼす。
「里津さんは後輩と組むのは初めてですから。対応の仕方がまだよくわかっていないのでしょう。まあ、先輩と組んだとて、上手くいった試しはありませんが……」
赤城の言葉に、葉宮は一気に不安に襲われる。
誰とも上手くいっていない、問題児。
どうしてそんな人と、ド新人の自分が組まれたのか。
そんな疑問を抱かずにはいられなかった。
「……どうして、木崎さんのバディが僕なんでしょう」
しかし赤城は、その質問が投げられたことに驚いているようだ。
「葉宮君が、一課のエースと組みたいと希望したと聞いていますが」
言われて、思い出した。
少しでも優秀な人と組んで、成果を上げたい。
そう思っての希望だった。
「確かに言いましたけど……」
その先は言わずとも、不満を抱いていることは明らかだ。
あんな、めちゃくちゃな人だとは思っていなかった。
葉宮の表情は、そう言っているようだ。
それを見て、赤城はため息をついた。
「葉宮君。自分の言葉には責任を持ちなさい。望んだ通りに行かなかったからと不満を述べるのは、子供のすることです」
赤城の厳しい言葉に、葉宮は黙るしかない。
「それでも文句を言いたくなるくらい、木崎の相手はしんどいってことですよ。赤城さん以外、みんな不満を言いますよ、アイツに対して」
思わぬ反論を受け、赤城は少し驚く。
それを言ったのは、ちょうど戻ってきた若瀬だ。
だが、赤城は咳払いをして、その反論を流した。
「おかえりなさい、若瀬君。なにか情報は得られましたか?」
今の言葉が無視されても、若瀬はまったく気にする様子は見せない。
手に持った手帳を見ながら、事件について話していく。
「被害者の名前は
「それだけ聞き出せたのなら、十分ですね」
これからの捜査手順を考えながら言う赤城の顔は、険しい。
「あと、これは木崎が言っていたんですけど、彼女には双子の姉がいるそうです。胡桃沢
それを聞いた途端、赤城の表情が変わる。
「この事件、少し面倒なことになりそうですね……」
話が見えない若瀬と葉宮は、顔を見合せて首を捻った。