刑事部捜査一課。
里津はその表記のある部屋に、若瀬と言い合いをしながら向かう。
ちなみに、逃げ出さないようにするためか、里津は若瀬に襟元を掴まれていて、歩きにくそうだ。
「ちょっと若瀬、離してよ。私、さっきの男の取り調べに行きたいんだけど」
「却下」
若瀬が間髪入れずに言うと、里津は見るからに不貞腐れた。
「なんでよ」
「まず、課が違う」
今回のひったくり事件は、里津たちが所属している捜査一課ではなく、捜査三課。
自分たちの役割は知っているはずなのに、里津の不満そうな顔は消えない。
「次に、お前の取り調べはいつ訴えられてもおかしくないから、課長にできるだけやらせるなって言われてる。んで最後。もう新人が待ってる」
「おはようございます!」
捜査一課に着くと、若瀬の言葉に続くように、眠気を覚ますような元気な声が聞こえてきた。
その声量に、里津は両耳を塞ぐ。
拍車をかけて、顔には不満が滲み出る。
声だけで、声の持ち主がまっすぐで真面目な人間だと感じられる。
里津は直感で相性が悪いと思い、去ろうとするが、若瀬に腕を捕まれたことで、できなかった。
「元気な新人だな」
「帰りたい……」
若瀬の拘束から逃げようと思えば、逃げられる。
だが、逃げたあとのことを考えると、そのほうが面倒で、里津は大人しく部屋の中に入った。
「何もなかったか?」
課長席にいる男に声をかけられ、若瀬が答える。
「あー……木崎がひったくり犯を捕まえていたくらいですね。腕を折る直前ってところでした」
課長はため息をつく。
里津は怒られる予感がして、若瀬の背に隠れた。
「こんな日でも木崎は変わらんか。まあいい。
「はい。本日より配属されました、葉宮
言葉の節々から見える真面目な性格も、里津は苦手としていた。
明らかに歓迎していない表情を、若瀬は里津の前に立つことで隠す。
「俺は若瀬。よろしく。で、これが君のバディね」
若瀬が横に動き、里津は葉宮と向かい合わせにされる。
真新しいスーツに身を包んでいるが、ガタイの良さは隠しきれていない。
表情が硬いのは、緊張のせいなのか。
それとも、本人の性格ゆえか。
なんにせよ、改めて相性の悪さが感じ取れる。
里津はわかりやすく顔を顰め、視線を逸らした。
「あの……?」
値踏みされた結果、なにも言われなかったことで、葉宮は困惑して、若瀬を見る。
里津の子供じみた対応にため息をつきながら、簡潔に里津の紹介をする。
「木崎里津。ウチのエース」
エースと組めることに対して、葉宮は気が引き締まる。
しかし、次の言葉がそれを打ち砕く。
「で、一番の問題児だ」
相反するワードに、一瞬脳内処理が追いつかなかった。
「エースで問題児って、どういうことですか?」
至極当然な質問だが、若瀬は微笑むばかりでそれに答えようとしない。
「あの、若瀬さん?」
さすがに答えようかと思ったそのとき、若瀬は里津の表情が若干動いたことに気付いた。
「すぐにわかるよ」
若瀬がそう言うのが早いか、里津が動き出すのが早いかわからなかった。
里津は、部署を飛び出す。
そして、事件発生の放送が鳴る。
女子大生が刃物で切り付けられたとのことだ。
「もしかして……事件を察知して動いた……?」
葉宮は言いながら、信じられなかった。
「ありえないだろ? まるで超能力」
対して、若瀬は慣れた様子で笑う。
それから、葉宮を煽るように、片側の口角を上げた。
「さて新人君。バディはもう動いた。追いかけなくていいのか?」
「……追いかけます!」
そして葉宮も、現場へと急いだ。