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夢幻
碓氷澪夜
ミステリー警察・探偵
2024年12月04日
公開日
51,905文字
連載中
犯罪者には容赦ない木崎里津を狙う事件と、新人刑事・葉宮稜の幼なじみが巻き込まれた未解決事件。共に動き出した事件が、妙な形で交わり出す……

第1話 木崎里津

 春が運ばれてきた。

 詩人でもないのにそう感じてしまうほど、風は肌を優しく撫でる。


 木崎きさき里津りつは、市内で一番綺麗な桜道を作る通りの真ん中に立ち、新鮮な空気を大きく吸う。


「よし」


 何度も訪れているはずなのに、新たな一年が始まるこの瞬間は、飽きる気がしない。

 穏やかな風に吹かれて舞う桜の花びらと、桜道を進む。


 平和だと思ったその刹那、女性の小さな悲鳴が聞こえてきた。


 里津の反応は速かった。


 声が聞こえてきたほうを見てみれば、女性が倒れている。

 彼女の視線の先には、春には相応しくない、黒いニット帽を被った人物が、走っている。


「どうしました?」


 里津は女性のもとに駆け寄り、声をかける。

 平和の時間はなかったのだと伝えてきているような、怯えた目。


「バッグが……」


 女性の震えた声を聞いた途端、里津は人影を追いかけた。

 その眼光は鋭く、穏やかな人の流れを掻き分けて進んでいく。

 絶対に逃がさない。

 その恐ろしさを醸し出しながら、里津は男に追いついた。


 しかし追いついてから捕まえたのではなく、容赦なく飛び蹴りをした。

 背中から攻撃を受けた男は、無様に前に倒れた。

 ただでさえ里津が走っているだけで注目を浴びていたのに、余計に視線を集めた。


 しかし里津は一切気にせず、犯人の背に乗る。

 日常とかけ離れた光景に、スマホをかざす野次馬が多数いた。


 犯人は抵抗の色を見せるが、里津が腕を押さえつけるほうが速かったようで、逃げ出すことはできなかった。


「なんなんだ! 離せ!」


 悔しさは表情に滲み出て、大声を出すも、里津の力は緩まない。


 里津は空いた左手で、犯人が突き飛ばされたときに離してしまったカバンを手にする。


「これ、お前のカバンじゃないでしょ。正直に言いなさい。そうすれば、腕を折るのは勘弁してあげる」


 里津は過激だった。

 犯人は本当に折られそうな気がして、血の気が引く。


「ふ、ふざけるな、警察呼ぶぞ」

「生憎、私がその警察だから」


 本気で抵抗をしてくる男をさらに押さえつけ、なんなら、腕を折るというのも冗談ではないのではと思うほど、力を込めていく。


 犯人は痛みのあまり、声が出なくなっていく。


「やりすぎだ、バカ」


 どこからやってきたのか、里津の同期である若瀬わかせたくみが、里津の右腕を掴む。


 力が緩んだ隙に犯人は立ち上がり、逃げようとするが、あっさりと若瀬に首根っこを掴まれてしまう。


「あんたは大人しくしておいたほうが身のためだ。そう思わないか?」


 男は里津と目が合った。

 警察という立場にいなければ、殺してくるのではないかというほどの睨みを効かせている。


 犯人はあっさりと負けを認めた。


「……バカ瀬は甘い」

「誰がバカだ、やり過ぎ女。また報告書の山に埋もれたいのか」


 里津は子供のように鼻を鳴らし、そっぽを向いた。


 そして取り返したカバンを手に、被害に遭った女性のもとに行く。


「お怪我はありませんか?」

「はい。本当に、ありがとうございました」


 彼女が笑うと、里津も自然と笑顔を見せた。


 里津が彼女を見送ったのを見届けてから、若瀬は里津の手首を掴んだ。


「さあ、署に向かうぞ。今日は新人が来る日だ」

「……行きたくない」


 若瀬は里津のわがままを無視し、歩き出した。

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