目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第35話

無機質な空間が続いている。


塩ビシートで覆われた床は、医療施設によくある仕様で独特な冷たさを感じさせた。


この施設が広大な敷地面積を誇ることは知っている。


何度目かの分岐点に差し掛かるが、簡単に逃走できないよう各所にセキュリティゲートが設置されていた。さらに絶縁体で形成された壁や天井、床材ばかりが視界に入って気が滅入りそうになる。


歩幅を緩めずにそっと溜息を吐く。


能力による逃走を封じるためとはいえ、途方もない資金を投入したものだ。


ここでの生活は退屈と苦悩しかなかった。


この施設に収容されている能力者のほとんどは、まるでモルモットのような被検体とされている。


ただ、その中でも俺は珍しい立ち位置だった。


施設内では生死に関わるような状況に陥ることや、脳機能に損傷を及ぼすような実験に参加させられることはない。とはいっても、俺と似たような立場で捨て駒にされて死に至る者もいる。入居させられている被検体と同様に、俺のような外勤・・も緩やかにその数を減らしているのが実情だった。


被検体は能力をブラッシュアップさせるために電気や薬で脳に直接刺激を与えられて廃人となる者、過酷なトレーニングによって肉体的に損壊して死を迎える者、被検体として使い物にならなくなり処分される者が大半だ。対して、俺のような外勤担当・・・・は任務途中に殺害されたり、拷問にあうケースも散見される。


どちらが不幸かはそれぞれの思考によるだろう。


また、能力者同士は直接的な情報は与えられなくとも、互いの存在を知覚する特殊な波長のようなものを持っている。


その波長に触れる数が昨年よりも明らかに減少傾向にあるのだ。もちろん、相手が何らかの理由により、波長を変えている可能性も否めないのだが。


テレパシーなど、直接的に干渉できる能力は基本的に絶縁体によって使えない。波長というものは気配のようなもので、俺にはサーモグラフィのように感じられた。


この感覚は個々に違うらしいのだが、同じ能力者と懇意にする機会を与えられない身にとっては、あまり確認のしようがなかった。


直接的に作用する能力とは違って一方通行の微弱な波長の収集だからだろうか、絶縁体を通り抜けて機能することに不思議な思いもする。しかし、そもそもが俺たちの能力そのものが、科学的に立証しきれないオカルト的な現象なのだから、当たり前のことなのかもしれない。


ある研究員によると、科学的な検証が完了すれば、人為的に超能力者を生み出すことが可能なのだそうだ。


まあ、能力そのものを高確度で解析できればの話だが、それを何の目的に使うかはある程度の推測ができた。


十中八九、軍事や諜報活動への利用、もしくは政治的な工作のためだろう。


そんなもののために、俺たちの人生は閉ざされた。


理由や経緯は様々かもしれないが、少なくとも俺はあるテストを受けたことによって人生を狂わされたのである。


元々、非凡な能力を保持していることは知っていた。


しかし、それがバレないよう、無闇矢鱈に能力を使うようなことは自分に禁じていたのだ。


だが、俺以外にも能力保持者は存在し、そういった者たちを研究対象として収容する施設が実在することは薄々感じていた。


ただ、希望的観測からか、油断していたのも事実である。


その気の緩みの結果で自由を手放すことになろうとは、自身の軽率さを恨むしかないだろう。






この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?