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第10話

横をすり抜けようとした瞬間、彼の左拳が自身の顎下あたりまで引き上げられたのを見る。


ああ、これはダメなやつだ。


咄嗟に上体を後ろに反らせた。


眼前で空を切る彼の左拳に熟練したものを見る。


ただのジャブ。


だが、無駄なく速いパンチだ。顎先をかすめれば意識を奪うだけの鋭さは十分にあった。


こいつは何の能力を持っている?


今のパンチには何も含まれていなかった。初見の能力者ほど警戒を高める必要がある。


俺は相手の目から視点を外さずに距離を取り、胸ポケットにすばやく手を入れた。


白人男性は俺を逃すまいと距離を詰めてくる。


そこにポケットから取り出した物を向けて上部を押す。


シュッと音が鳴り、中身が噴霧された。


とうがらしが入った催涙スプレーである。


拘束されそうになった場合、相手が少数なら効果的なため常備していた。


「Ouch!」


相手が熟練した警備員などなら避けれそうなものだが、能力者というものは相手も能力者だからという思い込みが激しくなるものである。そこに大きな隙が生まれた。


戦闘に不向きな能力しか使えない者は、初見の能力者にボクシングで挑もうともしないものだ。そう考えると、この白人男性は何かの攻撃的な能力を有していると想定できる。 


目に両手をやり、苦しむ彼の鳩尾に肘を打ち込んだ。


急所に攻撃がまともに入ってゆっくりと後退りする。そのこめかみを狙って、もう片方の肘を打ちつけた。


すぐに離脱して壁際を走り、来る時に目星をつけていた場所へと急行する。


目的の場所にもう一歩のところで不穏な空気を感じた。バチバチという音と、青白い光が背後から迫ってくる。


先ほどのとうがらしスプレーで、それなりのダメージはあったのだろう。ゆっくりと追いすがるように迫ってくる気配に、後ろを振り向かずに壁にある取手へと手をかけた。


このビルは最新鋭のビルではない。何度か制振システムなどによる補強を経て、新しい設備の導入もされているが、設計から50年以上が経過していた。


そのため、現在では衛生上の問題や転落事故抑止、火災による延焼などを回避するために、当時は人気だった設備が使用禁止となっている。


それはダストシュートと呼ばれ、かつては高層建築物でゴミを廃棄するために設置されたものだった。


取手に力を込めて引くと、その扉の四方に貼られた養生テープが簡単に剥がれていく。人がひとり入れる程度の大きさしかないが、後ろから追いかけてくる奴の攻撃を回避するにはここへ身を投じるしかなかった。


投入口に素早く飛び込む。


それと同時に背後でバチバチとなっていた音が大きくなり、思わず目を閉ざしてしまうくらいの閃光が身を包んだ。




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