目の前にある注意書きを読み、少し辟易した。
『この部屋への電子機器(スマートフォンやスマートウォッチを含む)の持ち込みは厳禁です。室内には携帯電波抑止装置及び、窓ガラス部分には電磁波シールドが設置されています。また、画像の撮影に関しては別途設置のLED照明が可視光ビーコンを発生し、カメラ端末の撮影機能等を妨害、電源を強制OFFにする対策を実施中。尚、この規則を破った者はNDA(秘密保持契約)違反による懲戒、賠償及び刑事罰を受ける可能性があります。』
NDAに関しては、昨今の企業では当たり前のことである。
携帯電話抑止装置や電磁波シールドも医療施設やデータセンター、試験場や銀行ATMコーナーなどでは総務省の許認可により設置されていることがほとんどだ。
しかし、可視光ビーコンか。
今やカーナビやETCなど、様々なサービスとして使われている可視光による通信だ。それをスマホやデジタルカメラの盗撮防止に使うシステムとして運用しているのか。記憶が正しければ、京都の私立大学の研究チームが開発したものだが、既に実用化されているとはな。
私物スマホの持ち込み制限があるにも関わらず、この会社の社員への信頼度の低さと捉えるとさすがというべきか。
俺のような外部の人間が万一侵入した場合の措置としては当然のことかもしれないが、軍需産業でもあるまいし、潔癖なまでの措置といわざるを得なかった。それとも、その必要性があるのだろうか。普通なら、防犯カメラとセキュリティゲートのみで事足りるような気もする。
嫌な予感に苛まれながらも、余計な思考を振り払って静脈認証システムに集中した。
静脈認証は生体認証とも呼ばれ、IDカードに搭載されるICやPIN認証と違って成りすましが少ない。反面、高価で屋外での使用には収納ケースが必要となり、認証速度も遅いため通行量が多いセキュリティゲートへの採用はほとんどされなかった。
似たようなシステムとして指紋認証もあるが、そちらは空気の乾燥による手荒れなどで認証精度が落ちてしまうため減少傾向にあるそうだ。
読み取り部に手をかざし、静脈認証をクリアした。
次は前述の指紋認証の代替として普及率の高まった顔認証システムをクリアする必要がある。
顔認証は成りすましを防ぎ、スムーズな認証が行えるメリットがあった。ただし、人の顔は経年と共に変わるため、指紋認証のように経年変化しにくいものに比べて認証登録の更新が必要となる。
いずれもメリットやデメリットが存在するが、その運用は適材適所といえた。