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超能力者は苦笑いしか浮かべない
琥珀大和
現実世界裏社会
2024年12月04日
公開日
37,239文字
連載中
大国と呼ばれる国々では、1950年代初頭から長年に渡ってひとつの研究に膨大な資金が投入されてきた。

学問では超心理学といわれ、有識者からはオカルトと批判されるようなパラノーマルな研究だ。

すなわち、ESPやサイコキネシスなどと呼称される超能力である。

1960年代以降にはサイバネティックスと呼ばれる学問も成立し、人間と機械のシンクロを解き明かす科学的試みも実施されてきた。

1980年代後半には日本が誇る世界的なコングロマリットが超能力研究所を開設し、透視能力やテレパシー、気の科学的な検証などを行っていたことを知る者も多いだろう。

現代において、超能力というものはフィクションの世界ではテーマとして取り上げられることも多いが、現実社会のニュースとしては記事として記されることがほとんどない。

生まれつき高いIQ値や才能を持つ者は、天から才能を授かったとしてギフテッドと呼ばれる。近年ではメディア露出の多いパワーワードだが、彼らこそが超能力者なのだろうか。

答えは否である。

超能力は過去には神通力とも呼ばれていた。しかし、実際には天や神から授かった能力ではなく、先天後天問わずに脳や遺伝子の突然変異で現れる能力との見解もある。そして、それは鍛錬や思考により、複雑なロジックを形成して昇華を可能とするものだと考える学者たちも存在した。

その理論から、一部では超能力者はホルダーと呼称されている。

一般的な視点から考えると、ギフテッドに比べて超能力者のメディアへの露出が極めて少ないことに疑問を感じる者もいるだろう。

では、超能力の研究は衰退したのだろうか?

これも答えは否である。

それらは国家機密として厚いベールに包まれながらも、様々なレベルで国家安全保障の名目において継続されてきた。

数万、数千万にも及ぶ実証実験。

そして、禁忌とされる人体改造や脳機能への介入など、倫理から外れた研究が行われていることを知る者は稀である。

その研究の結果、生み出された超能力者のひとりが、閉鎖的な日々に辟易して研究施設から逃走を決意した。

彼を待ち受けるのは過酷な未来か、それとも心躍る至福の人生だろうか。



第1話

清掃員に扮して、都心にある高層ビルへと入った。


テレビドラマやアニメなんかでよくある帽子に作業服の目立たない格好だ。


違う。


俺が就職したのは清掃会社じゃない。


もちろん、清掃会社の職務はなくてはならない社会貢献度の高い仕事だ。それに、それなりにキツイ仕事だろうとも思う。


モブ中のモブだとディスる奴もいるかもしれない。しかし、皆がキレイなオフィスで働けるのは、清掃員のおっちゃんやおばちゃんたちのおかげだと感謝しなければならない。


何?


うちの会社の清掃員は比較的若いって?


そうだな。


今の俺が扮しているのと同じ状態だということだ。


ほら、若くて背が高く、イケメンの清掃員。俺を見たここの社員たちの表情を見るといい。


若い女性は残念なものを見る表情をし、野郎たちはせせら笑いながら蔑みの目をしている。


なぜだかわかるか?


成人の若い男性が清掃員なんかをしていることに対して、こいつらは蔑んでいるのだ。


自分たちはこの男よりも上位だと、カーストの位置関係を鑑みて薄ら笑いや落胆の表情を浮かべている。


女性は「顔は良いのに将来性がないのでパス」と考え、男性は「ルックスに反して中身はプアな野郎だ」と自尊心を満たすのだ。


これが定年後の再就職した姿や、おばちゃんのパートタイマーなら違った反応をする。


若い場合は学歴か能力に欠陥があるのか、就職ガチャで負けた不幸者のどちらかだと思われるようだ。


女性も社会人ともなれば、その多くは男性を顔の造りだけで判断しなくなる。内面を見るわけではない。通りすがりの男性の性格や人間性などわかるはずもなく、職業や身なりで甲斐性の有無を測る。


くだらない社会だと思った。


職業や収入の格差に、思うところがある者は少なくないだろう。


しかし、それを表に出して軽蔑するかの目線をくれるのは、民度の低さを如実に現している。


そんなものは心のうちで済ますのが人としての配慮だと思うのだが、いかがなものか。


ここが中学校や高校の施設なら、少なくとも女生徒は俺を見て興味を持つのかもしれない。とはいえ、最近の十代は精神的に早熟である。何割かのすれた奴らは、やはり同じような目で俺を見るのかもしれなかった。


「エイト、聞こえるか?」


帽子の内側についたインカムが、骨伝導で通信を伝えてくる。


俺はくだらない思考を断ち切り、左手の甲を顔に近づけて口もとを隠しながら答えた。スマートウォッチに内蔵された送受信器である。


口もとを隠したのは不審者に見られないためだが、この平和ボケした国なら、単なる厨二病イタイヤツに思われるだけかもしれない。


「聞こえる。」


「つい先ほど、例の部屋に人の出入りがあった。すぐにそちらへ向かえ。」


「了解。」


「あと、任務には関係ないが⋯昼食に食べたカレーうどんがシャツ全体に飛び散っているぞ。もっと早く言うべきだったが、少し目立っているようだから伝えておく。」


「⋯⋯⋯⋯」


頼むから、もっと早く言え。


「就活に失敗した超絶イケメン」として、注目されていると考えた自分が恥ずかし過ぎるだろう。


あと、カレーうどん。


あれはめちゃくちゃ美味かった。




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