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第45話 専業主夫も大変だ

 ゴールデンウィークも過ぎ、世間は慌ただしさを増していたが、湊音は1人、部屋で洗濯物を畳んでいた。好きな映画を流しながら。


 普段から家にいるときは家事をしていたが、本来なら今ごろ高校の教壇に立っていたはずだった。


 湊音は、ゴールデンウィークを迎える前に、10数年勤めた私立高校を退職した。

 理由は、多忙による疲労と精神的ストレス。自律神経失調症を発症し、2020年の半分以上を休職することになった。

 授業に立てないだけでなく、顧問を務めていた剣道部の指導もできず、それがさらに彼を追い詰めた。


 見かねた李仁が教職を辞めるよう説得した。


 退職して数日が経つが、長年の習慣で、どうしても早く目が覚めてしまう。

 李仁には「もっと寝てていいのに」と言われるが、どうにもならない。ならば、と開き直り、朝ごはんを作ることにした。


 料理はもう慣れたものだ。

 2人が結婚してから、料理上手な李仁とともにキッチンに立ってきた。


 朝はご飯と弁当を作り、その残りを昼食にする。

 夕方、軽く食事をとり、21時ごろに帰宅する李仁を出迎えるため、軽めの夜ご飯を用意する。

 その合間合間に、掃除や洗濯、家のことをこなしていく。


「専業主夫も大変だなぁ……」


 ため息をついた瞬間、ふと脳裏をよぎったのは、前の結婚のことだった。

 元妻・美帆子に「専業主婦になってほしい」と頼んだこと。

 しかし、キャリア志向の彼女は、それを拒んだこと。


「そりゃ美帆子も嫌になるわな……」


 ぼやいても、あの頃には戻れない。もう、どうしようもないことだ。

 溜め息をつきながら、思い出す。


 元妻は、家事も料理もできる人だった。

 しかし、それをいいことに、仕事をしている彼女に家のことをすべて押しつけていたのは、ほかでもない自分だった。


 李仁と結婚してからは、家事も料理もバランスよく分担している。

 前の結婚のときも、そうしていれば……と、考えることはある。


 だが、もしあの時、上手くいっていたら。

 今、李仁とこの結婚生活を送ることはなかっただろう。


 浴室から、洗濯終了のブザーが鳴る。


「……昔のことは考えちゃダメだ」


 空いた時間ができると、過去を思い出してしまう。

 それは彼の癖であり、きっと誰にでもあることだろう。


「さて、次は風呂掃除して、トイレ掃除して……休んでる暇ないぞーっ!」


 忙しければ、余計なことを考えなくて済む。

 そう思いながら、湊音は次の家事に取りかかった。

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