ゴールデンウィークも過ぎ、世間は慌ただしさを増していたが、湊音は1人、部屋で洗濯物を畳んでいた。好きな映画を流しながら。
普段から家にいるときは家事をしていたが、本来なら今ごろ高校の教壇に立っていたはずだった。
湊音は、ゴールデンウィークを迎える前に、10数年勤めた私立高校を退職した。
理由は、多忙による疲労と精神的ストレス。自律神経失調症を発症し、2020年の半分以上を休職することになった。
授業に立てないだけでなく、顧問を務めていた剣道部の指導もできず、それがさらに彼を追い詰めた。
見かねた李仁が教職を辞めるよう説得した。
退職して数日が経つが、長年の習慣で、どうしても早く目が覚めてしまう。
李仁には「もっと寝てていいのに」と言われるが、どうにもならない。ならば、と開き直り、朝ごはんを作ることにした。
料理はもう慣れたものだ。
2人が結婚してから、料理上手な李仁とともにキッチンに立ってきた。
朝はご飯と弁当を作り、その残りを昼食にする。
夕方、軽く食事をとり、21時ごろに帰宅する李仁を出迎えるため、軽めの夜ご飯を用意する。
その合間合間に、掃除や洗濯、家のことをこなしていく。
「専業主夫も大変だなぁ……」
ため息をついた瞬間、ふと脳裏をよぎったのは、前の結婚のことだった。
元妻・美帆子に「専業主婦になってほしい」と頼んだこと。
しかし、キャリア志向の彼女は、それを拒んだこと。
「そりゃ美帆子も嫌になるわな……」
ぼやいても、あの頃には戻れない。もう、どうしようもないことだ。
溜め息をつきながら、思い出す。
元妻は、家事も料理もできる人だった。
しかし、それをいいことに、仕事をしている彼女に家のことをすべて押しつけていたのは、ほかでもない自分だった。
李仁と結婚してからは、家事も料理もバランスよく分担している。
前の結婚のときも、そうしていれば……と、考えることはある。
だが、もしあの時、上手くいっていたら。
今、李仁とこの結婚生活を送ることはなかっただろう。
浴室から、洗濯終了のブザーが鳴る。
「……昔のことは考えちゃダメだ」
空いた時間ができると、過去を思い出してしまう。
それは彼の癖であり、きっと誰にでもあることだろう。
「さて、次は風呂掃除して、トイレ掃除して……休んでる暇ないぞーっ!」
忙しければ、余計なことを考えなくて済む。
そう思いながら、湊音は次の家事に取りかかった。