店を出た二人は、シゲさんからもらったワインに合うおつまみを選ぶため、近くの店に立ち寄った。
「なんかいつも悪いなぁ……こんな良いワイン」
「私たちだけよ、こんなにしてくれるの」
「そうなん?」
「最近の若い人はスーツをオーダーすることが少ないし、シゲさんには娘さんしかいないの。だから、彼が引退したらあの店も閉めちゃうらしくて……」
「そっか……跡継ぎがいないのも寂しいよね」
何気なく言った言葉に、自分たちのことを重ねてしまう。けれど、前みたいに気まずくなりたくなくて、湊音はあれこれとおつまみを物色する。
「ミナくんの遺伝子は残ってるんだからさ……跡継ぎはあるじゃない、あなたには」
「……まぁ、そうだけど」
「今度会うんでしょ?」
「うん。なんか息子が剣道を教えてほしいって」
「いいじゃない。きっと腕もいいわよ」
「李仁は……嫌じゃないのか?」
「なんで? 生ませたら会わずにおしまい、よりはいいけど」
さらっと言われて、湊音は少し戸惑う。李仁は本当に気にしていないんだろうか。
「でもさ、養育費も払ってないし、今更父親ヅラしてもな……」
そう言いながら、つい普段は選ばないブルーチーズを手に取る。
「それに、同性愛者だって知ったら……」
「そんなこと気にしてるの? まだ教えるのは先の話でしょ」
「だよな……小学生のチビにはハードモードすぎるか」
苦笑しながら、ブルーチーズを棚に戻した。
「私のことは、なんて紹介するの?」
「……それなんだよな」
普段、人から聞かれたときは「パートナー」と答えている。前に、とっさに「夫」と言ったこともあったが、どっちが夫でどっちが妻かなんて考えたことがない。
――ベッドの中だって、どちらかに決まっているわけじゃないし。
そんなことを考えていると、李仁が軽く笑った。
「まぁ、仲良くしていれば、そのうち“大切な人”だって思ってくれるんじゃない?」
「……なのか?」
「父親が幸せなら、それでいいのよ。ね?」
李仁はそう言って微笑み、湊音の手からブルーチーズを取って棚に戻した。
湊音はハッとして――
「……てかさ、何気に僕の話にシフトして、シゲさんの話を流そうとした?」
「え、なんのこと?」
「絶対シゲさん、李仁の好きなワインだからくれたんでしょ、これ」
「そうかしら?」
「いや、絶対そうだって」
「まぁ昔からご贔屓にしてもらってるからねぇ……って、ミナくん、もしかしてヤキモチ?」
「……もう、嫌ーっ!」
「かわいい、ミナくん」
重苦しくなりかけた話も、最後は笑って終わる。
――なんとも不思議な二人だった。