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第41話 ワインのおつまみ

 店を出た二人は、シゲさんからもらったワインに合うおつまみを選ぶため、近くの店に立ち寄った。


「なんかいつも悪いなぁ……こんな良いワイン」

「私たちだけよ、こんなにしてくれるの」

「そうなん?」

「最近の若い人はスーツをオーダーすることが少ないし、シゲさんには娘さんしかいないの。だから、彼が引退したらあの店も閉めちゃうらしくて……」

「そっか……跡継ぎがいないのも寂しいよね」


 何気なく言った言葉に、自分たちのことを重ねてしまう。けれど、前みたいに気まずくなりたくなくて、湊音はあれこれとおつまみを物色する。


「ミナくんの遺伝子は残ってるんだからさ……跡継ぎはあるじゃない、あなたには」

「……まぁ、そうだけど」

「今度会うんでしょ?」

「うん。なんか息子が剣道を教えてほしいって」

「いいじゃない。きっと腕もいいわよ」

「李仁は……嫌じゃないのか?」

「なんで? 生ませたら会わずにおしまい、よりはいいけど」


 さらっと言われて、湊音は少し戸惑う。李仁は本当に気にしていないんだろうか。


「でもさ、養育費も払ってないし、今更父親ヅラしてもな……」


 そう言いながら、つい普段は選ばないブルーチーズを手に取る。


「それに、同性愛者だって知ったら……」

「そんなこと気にしてるの? まだ教えるのは先の話でしょ」

「だよな……小学生のチビにはハードモードすぎるか」


 苦笑しながら、ブルーチーズを棚に戻した。


「私のことは、なんて紹介するの?」

「……それなんだよな」


 普段、人から聞かれたときは「パートナー」と答えている。前に、とっさに「夫」と言ったこともあったが、どっちが夫でどっちが妻かなんて考えたことがない。


 ――ベッドの中だって、どちらかに決まっているわけじゃないし。


 そんなことを考えていると、李仁が軽く笑った。


「まぁ、仲良くしていれば、そのうち“大切な人”だって思ってくれるんじゃない?」

「……なのか?」

「父親が幸せなら、それでいいのよ。ね?」


 李仁はそう言って微笑み、湊音の手からブルーチーズを取って棚に戻した。


 湊音はハッとして――


「……てかさ、何気に僕の話にシフトして、シゲさんの話を流そうとした?」

「え、なんのこと?」

「絶対シゲさん、李仁の好きなワインだからくれたんでしょ、これ」

「そうかしら?」

「いや、絶対そうだって」

「まぁ昔からご贔屓にしてもらってるからねぇ……って、ミナくん、もしかしてヤキモチ?」

「……もう、嫌ーっ!」

「かわいい、ミナくん」


 重苦しくなりかけた話も、最後は笑って終わる。

 ――なんとも不思議な二人だった。

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