目を覚ますと、隣にいるはずの李仁がいなかった。
「李仁ぉっ」
慌てて体を起こし、ベッドを降りる。ふと机の上を見ると、開いたままの日記帳が目に入った。昨日の欄に、ハートマークと『5』という数字が書かれている。
「5って……しかもハートマーク……?」
ほかのページをめくると、李仁の字で同じように数字が記されていた。前から書かれていたようだが、今まで気づかなかった。何の数字だろう? そう考えていると、二日酔いのせいか頭がズキズキと痛む。
「んんん……」
こめかみに手を当てつつ、さらに前の日のページをめくった。そして、そこに書かれていた文字に、湊音はハッとする。
ミナ君がここ最近不安定で心配。何度抱きしめても、何度声をかけても、寂しそうな顔をする。
今まで嫌がってた体位も無理してやって……わたしに好かれようとしてる。
そんなことしなくてもいいのよ。わたしはミナ君から離れないよ。心配しないで。
湊音は、そっと日記を閉じた。
台所から、香ばしい匂いが漂ってくる。焼き魚と目玉焼きの香り。李仁が朝ごはんを用意しているらしい。
「……李仁に心配かけちゃダメだね」
小さくつぶやいて、部屋を出た。
台所では、ちょうど李仁がトースターにパンを入れるところだった。
「おはよう」
「おはよう、ミナ君。そろそろ起きる頃かと思って」
今すぐ抱きしめたかった。でも、日記を読んだ後では、どうしても気が引ける。ためらっていると、李仁のほうから近づいてきて、湊音をぎゅっと抱きしめた。
「もぉ、ほんとミナ君は甘え下手……」
「だってぇ……」
「今からトースト焼くから、早く身支度してきなさいよ」
「……うん」
頷くと、李仁が微笑んだ。
「でも、あと少しだけ抱きしめてていい?」
「もちろんよ、ミナ君」
心地よい体温に安心しながら、ふと思い出す。
「あのさ、日記帳にハートの中に数字書いてあったけど、あれ何?」
「気づかなかった? エッチした回数」
「っ!!」
「昨日だってすごく激しかったー」
「恥ずかしいっ、消してよ!」
「いやだー。このまま抱きついてたら、回数増えちゃうー」
「もぉ! ご飯食べるぅー!」
湊音の顔が真っ赤になるのを見て、李仁は楽しそうに笑った。
朝からいちゃついた後、しっかり朝食を済ませると、李仁は仕事へ、湊音は友人の美容院へ向かった。
最近改装したばかりの店内は、以前より洗練された雰囲気になっている。店の奥にある個室へ案内されると、担当の美容師であり、二人の共通の友人でもある大輝が待っていた。
「ねぇ、李仁は元気?」
「うん……あ、そうだ。お見舞いありがとう。快気祝い、本当は李仁が渡したかったんだけど、予約が取れなくて」
「わざわざありがとう。また僕から連絡入れておくよ」
李仁の快気祝いの品を受け取った大輝は、少し寂しそうな顔をした。彼は李仁の元彼だ。
元彼だと知りながら、こうして彼のところに来るのには理由がある。大輝の腕は確かで、センスもいい。性格もきめ細やかで、湊音の好みにぴったり合うスタイルに仕上げてくれる。
「もみあげ、ちょっと刈るのもいいかも」
「うん、支障のない程度にね」
そう言ったそばから、かなり大胆に刈られた。
「……まぁ、いいや」
お洒落に無頓着な湊音は、いつも大輝に全てを任せている。普通なら、自分のパートナーの元彼に髪を整えてもらうのは嫌がるものだろう。しかし、湊音も李仁も、それを気にしていない。
「こないだ言ってた、自宅で簡単に白髪染めできるキット、まだある?」
「あ、うん。あるよ」
「二つセットで」
普段は二人ともここで染めてもらうのに、今日はなぜか自分でやる気になった。
「ねぇ、染め方のコツとか教えて」
談笑しながら、髪のことを教えてもらう。
大輝は友人が少ないタイプだ。それを知っているから、湊音はこうしてたまに顔を出す。たまには李仁の悪口を言い合うこともある。妙な関係だけど、こういう付き合いも悪くない。