湊音はぐったりとした表情で家に帰った。クラブで目撃されたことや、保護者からの電話が殺到し、クレーム対応に追われていた。
生徒たちへの説明も、職員会議での話し合いを経てからと言われ、夕方遅くまで他の教師たちの前で弁解を強いられていた。
ダイニングには険しい顔をした広見と、暗い表情で俯く志津子がいた。
「こっちにまで噂が回ってきたぞ。最近、夜遅く帰ってくるのは男にうつつを抜かしてたからか?」
「そ、その……一から話したいんだけど……」
「それと、おまえたちは子供がいたのか?」
広見が言ったその瞬間、志津子は涙を流し始めた。実は、子供がいることは二人には言っていなかった。
「ごめん。二人で言うのをやめようって……育ててるのは彼女で」
「私たちに孫がいたなんて。それに、美帆子さんに子供産めない嫁って言ってしまったのよ、私っ」
「母さん……僕らは意図してずっと作らなかったわけで」
「ああああーっ!」
志津子は膝を抱え、泣きじゃくり、広見が背中を撫でながら彼女を寝室へ連れて行こうとした。
「男と付き合ってるのか……何を考えているんだ。もうしばらくしたらうちから出なさい」
「父さん、聞いて……そのっ」
「……」
志津子と広見は寝室に入って行き、湊音はその場に膝から崩れ落ちた。メールを見ると、大島からメッセージが届いていた。
『学校ではすまん。あそこではああするしかなかった。李仁さんに連絡したか?』
「……李仁……」
湊音は震える手で李仁に電話をかけたが、仕事中で出なかった。メールで何かを打とうとしたが、パニックになって手が震え、打つことができなかった。
「どうしよう、李仁ぉ……」
ピンポーン。
夜遅く、突然の来訪者。
『だれ……こんな夜に』
湊音は机にしがみつきながら立ち上がり、インターフォンで確認すると、大島と李仁が立っていた。
『大島さんに……李仁?』
後ろには広見が立っている。
「今のは……そのおまえの」
「ごめん、出かける」
「待て! どこへ行く!」
「今日は帰らない」
「この不良息子!」
「うるせえっ、バカ親父!」
湊音は普段言わないような捨て台詞を吐き、広見のことを振り返ることなく、自分の部屋に荷物と着替えを持って家を出た。
「……バカ親父って。あいつ、高校の時も一時期グレてた時に言われた以来だな……」
広見はため息をつき、志津子のいる部屋に戻っていった。
湊音はマンションのエントランスに向かうと、李仁と大島が待っていた。
「ミナくん!」
「李仁ぉ……」
「話はBARで聞くから。大島さんもついて来て」
李仁の車に乗り込み、夜の街へ向かった。
バーに到着し、湊音と大島は先にカウンターで李仁を待つ。用意された軽食をつまみながら、それぞれジュースを注文した。
「こんなこと起きてからBARに行くのも問題ないですか、大島さん?」
「問題ありだが、なんかあったら俺がなんとか言う」
「って言って、今朝は裏切ったくせに」
「すまん、悪かった……明日は運悪くPTA総会」
「なんで運が悪いんだ、僕」
湊音は頭を抱える。
「あら、運悪くないわよ。いい機会じゃない」
その時、バーテンダーの格好をした李仁が現れた。
『やっぱりいつ見てもバーテンダーの格好の李仁はいつもよりかっこいいんだよな……』
「親御さんが集まる機会って作るの大変だから、ちょうどよかったじゃない」
「李仁は人ごとだと思って……」
「人ごとじゃないわよ。心配だけど、私なんかいきなり現れても針の筵じゃない。派手な格好してピアスジャラジャラのチャラいやつ出てきて、うちの湊音くんがご迷惑かけていますーなんて言ったら大変じゃない」
「……まぁ確かにだけど……芸能人の謝罪会見みたい」
「羨ましい、なかなか体験できないわよー」
「ほら、人ごとだと思って」
「はいはい……」
湊音はタバコを忘れたことに気づき、大島に一本借りる。李仁はポジティブな性格だ。
「でもさ、教師だって恋をするし、夜遊びするし、なんでそれで謝らなきゃいけないの?」
「しめしがつかないんだよ……生徒たちの手本になる大人が夜の街出歩くなんてさ」
「そーぉ?」
李仁は眉をひそめた。
「生徒のもっと身近な大人……親たちの方が結構悪いよ。花金は日にちが変わるまで飲み明かしたり、不倫したり。SEXだって自分たちやってるくせに、人の恋だの嗜好だの……なんなのよ。それにさー」
「それに?」
「同性愛者で何が悪い」
李仁の瞳が冷たいと湊音は感じた。大島はうーむと考えながら頷く。
「私は昔からこうだから、何度も言われてるけど、気持ち悪いとかありえないとか……ただ好きな相手が同性だっただけなのに」
さっきのポジティブな発言とは違い、李仁の表情が険しくなっていた。湊音もタバコの煙を吐き出しながら、考え込む。
『僕は妻以外の女性や明里さんしか付き合ってないけど、ほとんどあっちからリードされて関係を持ったんだっけ。オナニーする時は女の人の体でしかやったことないけど……。なんでそんな僕が李仁を好きになってしまったんだろう。同性なのに。同性なのにかっこいいって思ってしまうし、頼りたくなる……』
「……ってそんなこと言われても困るわよねー、ごめんなさいね」
李仁はニコッと微笑み他の客から注文をもらいシェイカーを振る。
大島と湊音はその姿を見る。
「おまえはどこに惚れたんだ、李仁さんの」
「ああいうところかもしれない……」