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第20話 ポジティブとネガティブ

湊音はぐったりとした表情で家に帰った。クラブで目撃されたことや、保護者からの電話が殺到し、クレーム対応に追われていた。

生徒たちへの説明も、職員会議での話し合いを経てからと言われ、夕方遅くまで他の教師たちの前で弁解を強いられていた。


ダイニングには険しい顔をした広見と、暗い表情で俯く志津子がいた。


「こっちにまで噂が回ってきたぞ。最近、夜遅く帰ってくるのは男にうつつを抜かしてたからか?」

「そ、その……一から話したいんだけど……」

「それと、おまえたちは子供がいたのか?」

広見が言ったその瞬間、志津子は涙を流し始めた。実は、子供がいることは二人には言っていなかった。


「ごめん。二人で言うのをやめようって……育ててるのは彼女で」

「私たちに孫がいたなんて。それに、美帆子さんに子供産めない嫁って言ってしまったのよ、私っ」

「母さん……僕らは意図してずっと作らなかったわけで」

「ああああーっ!」

志津子は膝を抱え、泣きじゃくり、広見が背中を撫でながら彼女を寝室へ連れて行こうとした。


「男と付き合ってるのか……何を考えているんだ。もうしばらくしたらうちから出なさい」

「父さん、聞いて……そのっ」

「……」

志津子と広見は寝室に入って行き、湊音はその場に膝から崩れ落ちた。メールを見ると、大島からメッセージが届いていた。


『学校ではすまん。あそこではああするしかなかった。李仁さんに連絡したか?』


「……李仁……」

湊音は震える手で李仁に電話をかけたが、仕事中で出なかった。メールで何かを打とうとしたが、パニックになって手が震え、打つことができなかった。


「どうしよう、李仁ぉ……」

ピンポーン。


夜遅く、突然の来訪者。

『だれ……こんな夜に』

湊音は机にしがみつきながら立ち上がり、インターフォンで確認すると、大島と李仁が立っていた。


『大島さんに……李仁?』

後ろには広見が立っている。


「今のは……そのおまえの」

「ごめん、出かける」

「待て! どこへ行く!」

「今日は帰らない」

「この不良息子!」

「うるせえっ、バカ親父!」

湊音は普段言わないような捨て台詞を吐き、広見のことを振り返ることなく、自分の部屋に荷物と着替えを持って家を出た。


「……バカ親父って。あいつ、高校の時も一時期グレてた時に言われた以来だな……」

広見はため息をつき、志津子のいる部屋に戻っていった。


湊音はマンションのエントランスに向かうと、李仁と大島が待っていた。

「ミナくん!」

「李仁ぉ……」

「話はBARで聞くから。大島さんもついて来て」

李仁の車に乗り込み、夜の街へ向かった。


バーに到着し、湊音と大島は先にカウンターで李仁を待つ。用意された軽食をつまみながら、それぞれジュースを注文した。


「こんなこと起きてからBARに行くのも問題ないですか、大島さん?」

「問題ありだが、なんかあったら俺がなんとか言う」

「って言って、今朝は裏切ったくせに」

「すまん、悪かった……明日は運悪くPTA総会」

「なんで運が悪いんだ、僕」

湊音は頭を抱える。


「あら、運悪くないわよ。いい機会じゃない」

その時、バーテンダーの格好をした李仁が現れた。


『やっぱりいつ見てもバーテンダーの格好の李仁はいつもよりかっこいいんだよな……』


「親御さんが集まる機会って作るの大変だから、ちょうどよかったじゃない」

「李仁は人ごとだと思って……」

「人ごとじゃないわよ。心配だけど、私なんかいきなり現れても針の筵じゃない。派手な格好してピアスジャラジャラのチャラいやつ出てきて、うちの湊音くんがご迷惑かけていますーなんて言ったら大変じゃない」

「……まぁ確かにだけど……芸能人の謝罪会見みたい」

「羨ましい、なかなか体験できないわよー」

「ほら、人ごとだと思って」

「はいはい……」

湊音はタバコを忘れたことに気づき、大島に一本借りる。李仁はポジティブな性格だ。


「でもさ、教師だって恋をするし、夜遊びするし、なんでそれで謝らなきゃいけないの?」

「しめしがつかないんだよ……生徒たちの手本になる大人が夜の街出歩くなんてさ」

「そーぉ?」

李仁は眉をひそめた。


「生徒のもっと身近な大人……親たちの方が結構悪いよ。花金は日にちが変わるまで飲み明かしたり、不倫したり。SEXだって自分たちやってるくせに、人の恋だの嗜好だの……なんなのよ。それにさー」

「それに?」


「同性愛者で何が悪い」

李仁の瞳が冷たいと湊音は感じた。大島はうーむと考えながら頷く。


「私は昔からこうだから、何度も言われてるけど、気持ち悪いとかありえないとか……ただ好きな相手が同性だっただけなのに」

さっきのポジティブな発言とは違い、李仁の表情が険しくなっていた。湊音もタバコの煙を吐き出しながら、考え込む。


『僕は妻以外の女性や明里さんしか付き合ってないけど、ほとんどあっちからリードされて関係を持ったんだっけ。オナニーする時は女の人の体でしかやったことないけど……。なんでそんな僕が李仁を好きになってしまったんだろう。同性なのに。同性なのにかっこいいって思ってしまうし、頼りたくなる……』


「……ってそんなこと言われても困るわよねー、ごめんなさいね」

 李仁はニコッと微笑み他の客から注文をもらいシェイカーを振る。


 大島と湊音はその姿を見る。

「おまえはどこに惚れたんだ、李仁さんの」

「ああいうところかもしれない……」




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