緊張感が漂う中、李仁が不意に湊音の肩に手を回す。湊音の心臓は爆発しそうなくらい速く脈を打った。
「ねえ、湊音くん……肌と肌で触れ合いたいの」
突然の言葉に湊音は目を見開く。
「えええっ!」
「シャワー浴びてきて、先に」
湊音が浴室から出てくると、リビングの照明は控えめに落とされ、落ち着いた空間が広がっていた。髪から滴る水滴をタオルで拭きながら、湊音はソファに腰を下ろす。
「さっぱりした?」
李仁が近づいてきて、湊音の髪の先を軽く触れる。
「……はい」
湊音が視線を逸らしながら答えると、李仁は微笑んだ。
「じゃあ、次は私がシャワーを浴びてくる。湊音くんもリラックスしておいて」
湊音は「リラックスしておいて」と言われたのが逆に意識されて、ドキッと胸が高鳴るのを感じた。李仁は湊音の反応を見て、また微笑みながら浴室へ向かった。
湊音が落ち着こうと深呼吸をするが落ち着かない。
数分して……腰にタオルを巻いただけの李仁が、濡れた髪を軽く拭きながら出てきた。湊音の視線は一瞬で固まる。
「待たせちゃったね」
李仁はリラックスした様子で微笑みながら湊音に近づいてきた。
「えっ……その、服を……」
湊音は慌てて目を逸らし、手元にあったクッションを抱きしめるように隠した。
「そんなに恥ずかしがらなくてもいい
よ?」
李仁は片膝をつき、湊音の目線まで身体を下げた。湊音の耳元で囁くように、優しく言葉を紡ぐ。
「湊音くんの、そういう初々しいところ……可愛いと思う」
「可愛いって……そんなこと……!」
湊音はますます顔を赤らめたが、李仁の言葉に心臓が高鳴るのを止められない。
李仁は照明を薄暗くする。
『照明を落とすとか、そういう問題じゃなくて! もうそんな関係に……? いや、そもそも僕たち男同士だし!』
「私がリードしてあげる……」
李仁はにこりと微笑みながら、自分のシャツのボタンを外し始めた。その視線に圧倒されるように、湊音も震えながらシャツを脱ぎ始める。だが、次の瞬間、思わず動きを止めた。
李仁の脇腹に、無数のタトゥーが刻まれていたのだ。
「ああ、これ? 驚いた?」
李仁は少し照れたように笑いながら指先でタトゥーをなぞる。
「若気の至りでね……元カレが彫り師だったの。ここだけじゃなくて、下半身にもびっしり彫ってもらったのよ」
そう言いながら、李仁はズボンに手をかけ、一気に下着ごと脱ぎ去った。湊音は目を丸くするしかなかった。
『なんてことだ……すごいものを見てしまった……!』
李仁の言葉どおり、腰から太ももにかけてびっしりと彫られた模様が現れる。
その中でも、特に目を引くのは両脚の内側に彫られた繊細な桜の花びらだった。そして、タトゥーだけではなく……彼自身もまた、湊音の目を引きつけるものだった。
「じゃあ、ミナくんも見せて?」
「あ、あああっ!」
湊音は全身で拒否したい衝動に駆られたが、李仁はニコリと笑って湊音のズボンを引き下ろした。羞恥心と混乱で湊音は顔を覆うしかなかった。
「大きい……湊音くん、すごいね……」
『んん? なんだその感想……』
李仁の指先が恐る恐る湊音に触れる。湊音は声を押し殺そうとしたが、彼の優しい手つきに身体が反応してしまう。
「ほら、私にも触れて……」
李仁の誘いに、湊音は恐る恐る手を伸ばす。すると李仁はさらに体勢を変え、彼の脚を広げて桜のタトゥーを見せつけるようにした。
「綺麗にしてきたから、気にしなくていいわよ」
湊音はただ頷くしかなかった。彼の視線がそこに向けられ、鼓動が速くなる。
『ここからどうなるんだ……いや、そもそもこんなことをしてていいのか?』
「ほら、リラックスして」
李仁が手を伸ばし、湊音の髪に触れる。その優しい仕草に、湊音は次第に力が抜けていくのを感じた。
「李仁さん……」
湊音が小さく呟いたその瞬間、李仁はそのまま近づき、彼の額にそっとキスをした。湊音は驚きに目を見開きながらも、抗うことができない自分に気づいた。
「湊音くん、こうやって心を許してくれる瞬間が、たまらなく愛おしいんだよ」
李仁の低い声が、湊音の心をさらに乱していく。
湊音は戸惑いながらも、そっと李仁の肩に手を置いた。李仁の肌の温かさが直接伝わり、胸の鼓動がますます速くなるのを感じる。
そして気づくと意識が飛んだ。
「ミナくん!? 大丈夫?」
翌朝目を覚ますと、湊音は見覚えのない部屋のベッドに横たわっていた。頭の中はぼんやりしている。枕元に置かれたメモを手に取り、目を通した。
『おはよう。昨日はお疲れみたいだったね。深く寝てたから起こさずに帰ってもらったわ。朝ごはんは用意してあるから、食べていってね。
李仁』
時計を見ると6時を少し回ったところだった。
『昨日のことは……』
顔が火照るのを感じながらベッドから立ち上がると、目の前にハンガーにかけられたスーツが目に入った。
「あのとき作ったやつ……」
――あれは、初めて李仁と買い物に出かけた日。
李仁に連れられた店は、街中でも評判の高級テーラーだった。
「こういうの、初めてだから……」
少し緊張した湊音に、李仁は笑って言った。
「気にしないで。ここは僕が馴染みだから、任せていいよ」
テーラーの店内に入ると、品のいい店員が迎えてくれた。
「こちら、お客様に合わせて一から仕立てるスーツです」
店員が見本を見せると、湊音は戸惑いながらも驚いていた。
「すごい……でも、僕なんかに似合うのかな」
「似合うに決まってるじゃない」
李仁は湊音の肩を軽く叩いた。
「それに、これからの君に必要だと思うからね」
採寸中、湊音は少し落ち着かない様子だったが、李仁が終始にこやかに見守っていたおかげで次第にリラックスできた。
「ミナくん、これを着たら、もっとかっこよく見えるよ」
李仁の言葉に、湊音は胸が少し熱くなるのを感じた。
そして今朝、湊音は恐る恐るスーツに腕を通してみた。自分の体にピッタリとフィットするその仕立てに、感動のあまり思わず微笑んでしまう。
そのまま荷物をまとめ、扉を開けようとしたその瞬間だった。
「……だれ、あんた」
不意に聞こえた低い声。振り返ると、見知らぬ男が立っていた。
「あなたこそ……だれ?」
湊音が問い返した瞬間、なぜか背筋に冷たい汗が流れた。