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第16話 好きなんだ

湊音が家に帰り着いたのは、深夜二時を過ぎていた。家は静まり返り、親もすでに寝静まっている。

タバコの匂い、汗、お酒の匂いが自分の体に染みついているのが気になった湊音は、着ていた服をすべて洗濯機に入れ、シャワーを浴びた。騒いだせいで喉が少し痛い。足や腕も筋肉痛の予兆を感じている。


あと数時間もすれば剣道部の朝練の指導だ。羽目を外したことを反省しつつ、湊音は冷水で顔を洗った。


『李仁さんにひどいことをしてしまった……』


シャワーを終えてスマホを確認するが、李仁からの連絡はない。冷たく振り払ったことを思い返すと、怒られても仕方がないと湊音は肩を落とした。

体を拭き、下着とパジャマを着てベッドに倒れ込む。


それから一週間。湊音はメアドを変えた。李仁との繋がりを断つためだったが、その一方で心の奥には後悔が残っている。

職場では気が散り、空回りする日々が続いた。休憩時間も上の空、剣道部の指導にも身が入らない。


週末、剣道部の交流試合に引率するためバスに乗った湊音。

隣に座る大島は恋人の話をしていたが、湊音は聞き流していた。ここ一週間、湊音の異変に気づいていた大島も声をかけてみたものの、湊音から返ってくるのは空返事ばかりだった。


試合中も集中できず、大島に呼び出される。


「お前、昨日寝てないだろ。仕事とプライベートはごちゃ混ぜにするな。そんな顔と態度じゃ生徒に示しがつかない。外で頭を冷やしてこい」


厳しい言葉を受け、湊音は体育館の外へ出された。


帰りのバスでは、大島とは席を離れた湊音。揺れる車内で気づけば眠っていた。



駅に着くと生徒たちはそれぞれ帰宅する。湊音も荷物を抱えて歩き出そうとしたとき、大島が背後から声をかけた。


「明日一日、ちゃんと休め。失恋のショックは辛いけど、引きずってたら前に進めないぞ」


そう言われ、湊音は何も言い返せなかった。




もちろんだがスマホを確認しても李仁からの連絡はない。一週間経っても何もないのだから、もう諦めるしかないと湊音は思った。

モールの本屋も、駅も、もう行かなければいい。二人で会ったことを無かったことにすれば、この感情も消えるはずだ。


湊音はひと駅先の駅を目指して歩き始めた。


「湊音くん!」


後ろから声が聞こえ、足が止まった。

振り返るべきか迷っていると、腕をつかまれた。


「ねえ、湊音くん!」


振り返る前に、李仁の腕が湊音を抱きしめた。


「なんでメアドを変えるのよ! 着信拒否までして!」


李仁の香水の匂いが鼻をくすぐる。湊音は、自然と李仁の背中に手を回して抱きしめ返していた。


「大島さんに聞かなきゃ、ここでバスが来るってわからなかった。もう少しで逃すところだった……」

李仁が大島とは連絡を取れるのをすっかり忘れていた。

「ごめん、僕……怒ってるよね?」


「怒りたくもなるけど、慣れてるの。こういうの。ノンケの子に振り回されるのはもう何度目かわからないくらいだから」


慣れている――李仁の言葉に胸が痛んだ。


「でもいきなりすぎた私が悪かったね。ごめんなさい。怖がらせちゃったよね?」


「ううん、僕もごめん……自分で二人きりになりたいって言ったのに、気持ちが整理できなくて……突き放しちゃった。ほんと、ごめん」


湊音はさらに力を込めて抱きしめた。人目も憚らず。


「私ね、あの婚活パーティーで初めて湊音くんを見たときから好きだったのよ。サクラだったのに」


「えっ、サクラって?」


湊音は驚いて李仁を見上げた。


「そう、私はお店の手伝いみたいなものだったの。婚活なんてする気はなかったんだけど……あなたを見た瞬間、話しかけたくなったのよ」


李仁は微笑む。


「あなたが野暮ったい感じだったから、私好みに髪を切らせたり服を選んだりしたのよ」


「それだったのか……」


湊音は顔を赤らめる。李仁の好みに仕立て上げられていたなんて知らなかった。


周りに人がいることに気づき、湊音は慌てて李仁から離れた。


「ここ、外だよ……」


「そういう照れたところが、また好きよ」


李仁が微笑む。湊音も自然と笑顔を返し、勇気を出して口にした。


「僕も、李仁が……好き」


湊音の告白に、李仁は優しく微笑んだ。



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