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第11話 失恋レストラン


『ああ……』

 湊音はしばらく水族館の中でボーッとしていた。明里はもういない。昼ごはんの時間になってもお腹が空いているはずなのに、ボーッとして動けなかった。

 湊音にとって初めて振られたこと、そして女性にビンタされたのも初めてだった。そのビンタを受けた頬がもう赤みを帯びていないはずなのに、まだ心の痛みが続いていた。


 明里が他の男性とも関係を持っていたことに衝撃を受ける。頭の中で彼女が湊音と交わった時の表情や動き、交わりの様子が浮かんでくる。それまで純粋でウブだと思っていた彼女が、他の男性と関係を持つなんて信じられなかった。

湊音は自分が調子に乗っていたことを後悔する。彼女が何度も嫌がらずに受け入れてくれることをいいことに、湊音はそれを当然のように思っていた。


 湊音のスマホが震え、画面には李仁からのメールが表示される。


「どーぉ、デートの方は。楽しんできてね^_^ また聞かせてね❤️」


 文字を見て、湊音は李仁の声が脳内で再生されるのを感じた。その文字がぼやけて見えるのに気づく。


『涙……なんで僕は泣いてるんだろう?』

 気づけば涙が溢れ出てきて、湊音はそのことに動揺する。周りにはカップルや家族連れ、子どもたちがいる。恥ずかしさが湧いてきて、急いでハンカチで涙を拭ったが、涙は止まらなかった。


 湊音は思わず李仁に電話をかける。すぐに通じ、李仁の声が耳に入る。


「あら、どうしたの? デート中じゃなかったの?」


 その声を聞いた途端、湊音の涙は止まらなくなる。


「李仁さぁああん……」

「湊音くん?!」


 夕方、湊音は李仁の勤める本屋の横のカフェに座っていた。どうやってここまで来たのかもわからないほど、湊音は心の中で絶望を感じていた。明里に振られたことが一番のショックで、明里が好きだったわけではないが、人間不信であり、裏切られたことが辛かった。


「おまたせ、湊音くん。今日は夜の仕事は休みにしてもらったから」

「……僕のために休んでくれたんですか」

「そうよ。たまたま代わりの人がいたからよかったけどね」


 湊音は、明里のために普段行かないような高級レストランを予約していた。しかし、恋愛経験の少ない湊音は、こういう場所に連れて行けばいいと思い込んでいた。その考えが逆に裏目に出てしまった。


「はい……すいません、付き合わせてしまって」

「大丈夫。今日はとにかく美味しいものを食べて。明日も仕事なんでしょ?」

 李仁は気分良さげに言った。今日は私服がシックで、いつもの派手な服装とは違っていた。


「普段着とこういう落ち着いた色味の服はロッカーに一式用意してあるの。デートとかのために、ね」

 湊音は驚いた表情を見せた。李仁はその反応を楽しんでいるようだった。


「これも立派なデートよ。泣きながらレストラン予約キャンセルできないところで、私に頼んできたじゃない。別に一人でも、他の友達とでも行けばよかったじゃん」

『いないもん、友達なんて』


「私が友達ってことかー。同い年だしさ。国語科の先生だよね、本も好きでしょ?」

「ん、うん。まぁ……」

「気が合いそうね」

 李仁が微笑んだ。湊音はその笑顔を見て、再びドキッとする。


『……なんだろ、なんでこんなにドキドキするんだろう、李仁さんに』



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