「ねぇ、オレンジジュース好き? てか、お酒飲まないの? もっとさ」
突然声をかけられ、湊音は驚いて注いでいたオレンジジュースを少しこぼしてしまった。
「あっ、ごめんね、びっくりさせちゃった? 洋服、大丈夫?」
パーティー開始前に見かけた背の高い男性が立っていた。遠目から見たらそうに見えなかったが……。
『でっか……てか、香水のいい匂い……』
湊音は男の存在感に圧倒されながらも、目を合わせる。
「タイプの人、見つからなかった?」
「えっ、その……あの……」
「さっきからトイレ行ったり、ここでジュース注いだりしてたでしょ。ちょっと気になって」
まるでずっと観察されていたような口ぶりに、湊音は戸惑いながらも返事をする。
「あ、あの……槻山です」
「槻山くんね。下の名前は?」
「……湊音です」
「湊音くんか。いい名前だね。じゃあ、僕もオレンジジュースもらおうかな。お酒ばっかりだったし」
そう言って男は湊音の隣に並び、オレンジジュースを注いでゴクゴクと飲み始めた。喉仏が動くたびに、なぜか湊音の目がそこに吸い寄せられる。
『カッコいい……』
「はぁー、美味しい。じゃあ、パーティー、楽しもうよ。あ、これ、僕のお店の名刺ね」
男は黒い紙を湊音に手渡した。
『黒い名刺……ホストクラブ? いや、BARって書いてある……李仁……って名前か』
湊音が名刺を眺めていると、そこに別の女性が近づいてきた。
湊音が先ほど短い会話を交わした明里だ。湊音も背は低い方だが、彼女はさらに小柄で、可愛らしい印象を与える女性だった。
「あの……お話ししたいなと思って……ご一緒してもいいですか?」
「あ、はい……ぜひ」
明里に誘われ、湊音は席を移る。ふと先ほどの男、李仁が別のテーブルで数人に囲まれている様子が目に入った。だが、明里の視線が湊音をしっかり捉えていて、そちらに気を取られている場合ではないと気づいた。
「よかったら、こちらで……」
明里がエスコートを促す。湊音はそのまま彼女と席に移り、二人で会話を始めた。明里は湊音がバツイチであることを全く気にせず、終始明るく話しかけてくれた。
彼女との話は意外なほど弾み、湊音は次第に緊張を忘れていった。お酒も勧められるまま飲み、気づけばパーティー終了の時間に。
その後、湊音は明里と二人で会場を後にし、そのままラブホテルへと向かった。すっかり大島のことは忘れていた。
久々の親密な時間。元妻以来、しかも年下で可愛らしい明里。酒の勢いも手伝い、湊音は理性を完全に手放した。そしてその夜、何度も彼女を抱いた。
だが、明里の寝顔を見つめながら、湊音は心の中で呟いた。
『これは恋じゃない……ただの一夜の衝動だ』
そう考えながら、湊音はタバコをくわえ、煙を一つ吐き出した。