結局、湊音は剣道部の副顧問になり、さらに週末の婚活パーティーにあくまで大島の付き添いという形で参加することになった。
婚活パーティーの会場はお洒落な喫茶店。道中、大島がぼやく。
「タバコ吸えるところじゃないな。まぁ、仕方ないか」
「女性でタバコ嫌いな人も多いですし、いい機会じゃないですか」
苛立つ大島を軽くなだめる湊音。正直自分も吸えないのは嫌なのだが……。
「てかさ、乗り気じゃないとか言ってたくせに、なんだそのカッコつけ具合はよ」
「前髪を下ろしただけだ」
「それが普段と違うから言ってんだよ!」
湊音はただ前髪を整え、無難なビジネスカジュアルの服装を選んだだけだったが、大島の指摘に鬱陶しさを感じる。
喫茶店に入ると、すでに参加者たちが集まっていた。打ち解けたグループもあれば、ぎこちなく話す者たち、友人同士で固まっている女子もいる。
主催者によれば、男女各15人ずつ、計30人。女性は25歳から35歳、男性は25歳から40歳という制限付きだ。大島は40歳ギリギリでセーフ。女性が年齢低めというのもなんだろうなぁと思いつつ。
受付を済ませると、それぞれ別々の席へと案内される。湊音は戸惑い、大島に目を向けるが、親指を立てて笑顔を送られただけだった。
『はめられた……』
その瞬間、湊音は気づいた。大島は自分だけではなく、湊音をも婚活させる気で連れてきたのだということに。
湊音の隣には、テンパの髪型に濃い顔立ちの男性が座っていた。目の前には3人の女性たち。軽く頭を下げながら「お願いします」と挨拶する。
『なんだ、この無理してる化粧……』
女性の表情を見て、湊音は内心で呟いた。
実のところ、湊音はどうしていいのか全くわからなかった。彼にとって女性との交際経験は前妻だけ。しかも、前妻からの猛アタックで付き合い、成り行きで結婚に至ったという過去がある。自分から好きになって告白するなど、未知の領域だったのだ。
「君、こういうの初めてでしょ?」
隣の男性がニコッと笑いながら声をかけてきた。湊音は一瞬戸惑いつつ答える。
「ええ、まぁ、付き添いで……」
「そうなんだ! あ、僕は室田尊。名刺どうぞ」
名刺を受け取ると、有名文具メーカーの営業企画職と書いてある。
「うちの学校でも、このメーカー使ってますよ。僕は槻山と言います。高校教師です」
「え、高校教師? すごいね! で、今日はどんな子が好み? 早く行動しないと!」
初対面のテンションに加え、いきなりのタメ口に湊音は辟易する。
『この人無理だわ……』
時間が経つにつれ、場の雰囲気は少しずつ盛り上がってきた。女性たちも色とりどりの服装で会場を彩っているが、湊音には特に惹かれる人はいない。
ふと大島の方を見ると、彼は近くの男女を巻き込んで既に盛り上がっていた。
『早く帰りたい……』
湊音がそんなことを考えていると、一人の男性が会場の奥に現れた。
背が高く、少し長めの髪をきちんと整えたスタイリッシュな雰囲気。ピアスが多めだがそれは影響しない。
彼が席に座ると、その周囲の女性たちの視線が明らかに変わった。
湊音もその仕草に一瞬見入ってしまったが、慌てて目を逸らす。
『ああいう男がモテるんだろうな……』
嘆息するも、どこか釘付けになった自分に戸惑いを覚えた。
「皆さんお揃いのようですので、これから婚活パーティーを始めます!」
司会の女性が高らかに宣言し、会場が一段と活気づく中、湊音は深い溜め息をついた。
『やれやれ、先が思いやられるな……』