これはもう7、8年ほど前のこと。とある高校の職員室の喫煙席で、一人の教師がタバコを吸っていた。
前髪を整髪料で固めてオールバックにし、太い縁のメガネをかけたその男は、気怠そうにタバコの煙を吐き出しながら、日頃の不満も一緒に吐き出しているようだった。
32歳、槻山湊音。高校教師で、国語を担当している。年齢の割には老けて見える風貌だった。
そこに上司の大島がやってきた。彼もタバコを取り出し、愛用のジッポーで火をつける。
「槻山先生、溜まってるなぁ」
「そうですかね」
「離婚して独身生活、満喫してんだろ?」
「全然」
「実家戻ったんだろ? 楽だろうに」
「まぁ、何もしなくてもいいのは助かりますけど」
「贅沢だな」
「結婚しててもしてなくても、変わりないですよ」
「そんな考えだから奥さんに愛想尽かされるんだろ」
湊音はつい先日、離婚したばかりだった。学生結婚から10年目を前に別れたのだ。子供はいなかった。というより、できなかった。
「そんな槻山先生にお願いがある」
「嫌です。大島先生のお願い事は、ろくなことがない」
「まぁな」
大島は笑いながらタバコの煙を吐き出す。彼は湊音の恩師でもあり、いまだに親しげに接してくる。タバコは早くも二本目に突入していた。
「まず一つ、剣道部の副顧問にならないか」
「……断ります」
「独身になって身軽になったんだからどうだ? 性欲をスポーツで発散!」
「……」
湊音は鼻で笑った。大島から剣道部への勧誘を受けたのはこれが初めてではない。在学中から何百回と言われ続けてきたが、今でも乗り気にはなれなかった。
「その二」
「その一ですら同意してないんですが……」
大島は湊音に一枚のチラシを渡した。
「婚活パーティー、行こう。いや、ついてきてくれ」
そう言って懇願する大島もまた独身だった。40歳を過ぎてなお結婚には縁がない。
「美味しいご飯が食べられて、お酒も飲み放題。そのついでに女性と出会えるなんて最高じゃないか。な、なぁ!」
「う、うーん……」
湊音は眉をしかめる。この誘いがなければ、彼の人生は今と違っていたのだろうか――そんな思いが一瞬、頭をよぎった。