目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
6

 目覚まし時計が鳴っている。

 スマホの方のアラームはかけ忘れていたみたいで、最後の砦のこいつが鳴ってる……ってことは。

「遅刻する!!」

 がば、とベッドから飛び起きて、階下へ走る。怒涛の勢いで身支度を済ませて家を飛び出そうとする私を、お母さんが呼び止めた。

「さつき、お弁当!」

「ありがと……! いってきます!」

 路面が凍ってる。昨日みたいに転ばないように気を付けないと。それでも、走らないと……。無情にも、信号が私の前で赤に変わった。ぜえぜえと息を切らし、足を止める。


「だめか……」

「お、おはよ」

 肩で息をする私の横に並んだのは、みのるだった。

「実……」

「どした、変な顔して」

 変な顔とは失礼な。私はちょっとムッとしたが、それと同時にホッとした。

「……別に。なんでもないよ、てか、あんたずいぶんのんびりしてるね」

 白い息を吐きながら実は笑う。

「寝坊した」

「見りゃわかるよ」

「さつきもっしょ?」

「う」

 なんか目の下クマできてんじゃん、と実は私の顔をのぞき込んでくる。

 顔が近くて、昨日のことも思い出してしまって頬に熱が集まるのを感じた。

「なしたの」

「……べ、べつに、変な夢見ちゃって」

「ふーん。具合悪いとかじゃないならいいけど」

 ふあ、と大あくびをしながら実は言う。

「なんかさ、俺もちょっと寝不足っていうか……なんか、昨日の事、断片的に覚えてないんだよね」

 疲れてんのかなあ、と続けた実に、昨日の出来事を話すか少し悩んだが、ややこしすぎて説明ができない。サンタに強引にキャラ変させられてたなんて言っても……。

「そ、そうなんだ~?」

「うん、俺さあ、昨日変なこと言ったりやったりしてない?」

 してた。すごくしてた。でも、どう伝えたらいいかわからない。

「えーと……」

 信号が青に変わる。

 自然と並んで歩きだす。


「なんか今日さつき変じゃね?」

「え!? そ、そうかなあ~?」

 昨日はあんたのほうが変だったんだよ、と言えるはずもなく。

「ていうか、急がなくていいの?」

「へ? もうどのみち遅刻だし、一時間目出席扱いになる時間に着けばいくね?」

 いつもの実だ~!! なんだかホッとして、頬が緩む。

「よかった~……」

 深くため息をついた私を見て、実はふっと笑った。

「何が」

「いや、実だなあ、って」

「さっきからどしたのお前。あ」


 急に立ち止まる。

「何?」

「あのさ、クリスマスパレード? なんだけど」

 行かないって言ってた、あれだ。もう一度実は歩き出す。私も歩調を合わせて進む。

「うん?」

「カレンダーみたらさ、その日塾休みなっててさ」

 寒さのせいか、少しだけ実の耳の端っこが赤くなっていた。こっちをみないまま、実は続ける。

「行くか」

「え」

「俺たちも」

「あ……」

 澄んだ朝の空気、晴れ渡っている空からひとひら、ひとひら、雪が降りてくる。実の真っ赤になっている耳に触れて、溶けた。

「うん」

「なんか、根詰めすぎてもあれだし……高校生活最後のクリスマス、だし」

「うん」

「その、俺も、お前と行きたいと思って」

 行かないって前言っちゃったけど、まだ変更きく? と小さく言って、実は前を向いたまま。

「うん、うれしい」

 すごくすんなり、答えることができた。

 少し前の私なら、いまさら~? とか茶化していたかもしれない。

「私も、人数合わせとかそういうんじゃなくて『実と』一緒に行きたいよ」

 頬を少し染めて、実が振り返る。小さいころから変わらないくしゃっとした笑顔で答えた。

「なんだよ、初めからそうやって誘えっつの」

 そうだ、私、実のこの笑顔が大好きだったんだ。いたずらっ子の顔、可愛くて、優しい顔。

「だって……」

 言い訳をしようとして、やめる。

 まだ早いけど、少しだけ、クリスマスの魔法にかかっても良い。

「ごめんね、あの時はちょっと恥ずかしくて」

 実は、前を向くと、小さな声で答えた。

「今更恥ずかしいもなんも……いや、逆に恥ずかしいか」

「へへ」

「よし、決まったからには楽しむぞ。一日がっつり遊ぶべ」

「うん!」


 クリスマスには、もっと素直になるんだ。

 小さい頃みたいに全力で遊んで、全力で楽しんで、

 これからみんな離れ離れの進路になっても、ずっと忘れないように。

 大切なことを、大切な人に伝えられるように。贈り物を渡せるように。

 私も『サンタ』になれるように。




 了


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?