目覚まし時計が鳴っている。
スマホの方のアラームはかけ忘れていたみたいで、最後の砦のこいつが鳴ってる……ってことは。
「遅刻する!!」
がば、とベッドから飛び起きて、階下へ走る。怒涛の勢いで身支度を済ませて家を飛び出そうとする私を、お母さんが呼び止めた。
「さつき、お弁当!」
「ありがと……! いってきます!」
路面が凍ってる。昨日みたいに転ばないように気を付けないと。それでも、走らないと……。無情にも、信号が私の前で赤に変わった。ぜえぜえと息を切らし、足を止める。
「だめか……」
「お、おはよ」
肩で息をする私の横に並んだのは、
「実……」
「どした、変な顔して」
変な顔とは失礼な。私はちょっとムッとしたが、それと同時にホッとした。
「……別に。なんでもないよ、てか、あんたずいぶんのんびりしてるね」
白い息を吐きながら実は笑う。
「寝坊した」
「見りゃわかるよ」
「さつきもっしょ?」
「う」
なんか目の下クマできてんじゃん、と実は私の顔をのぞき込んでくる。
顔が近くて、昨日のことも思い出してしまって頬に熱が集まるのを感じた。
「なしたの」
「……べ、べつに、変な夢見ちゃって」
「ふーん。具合悪いとかじゃないならいいけど」
ふあ、と大あくびをしながら実は言う。
「なんかさ、俺もちょっと寝不足っていうか……なんか、昨日の事、断片的に覚えてないんだよね」
疲れてんのかなあ、と続けた実に、昨日の出来事を話すか少し悩んだが、ややこしすぎて説明ができない。サンタに強引にキャラ変させられてたなんて言っても……。
「そ、そうなんだ~?」
「うん、俺さあ、昨日変なこと言ったりやったりしてない?」
してた。すごくしてた。でも、どう伝えたらいいかわからない。
「えーと……」
信号が青に変わる。
自然と並んで歩きだす。
「なんか今日さつき変じゃね?」
「え!? そ、そうかなあ~?」
昨日はあんたのほうが変だったんだよ、と言えるはずもなく。
「ていうか、急がなくていいの?」
「へ? もうどのみち遅刻だし、一時間目出席扱いになる時間に着けばいくね?」
いつもの実だ~!! なんだかホッとして、頬が緩む。
「よかった~……」
深くため息をついた私を見て、実はふっと笑った。
「何が」
「いや、実だなあ、って」
「さっきからどしたのお前。あ」
急に立ち止まる。
「何?」
「あのさ、クリスマスパレード? なんだけど」
行かないって言ってた、あれだ。もう一度実は歩き出す。私も歩調を合わせて進む。
「うん?」
「カレンダーみたらさ、その日塾休みなっててさ」
寒さのせいか、少しだけ実の耳の端っこが赤くなっていた。こっちをみないまま、実は続ける。
「行くか」
「え」
「俺たちも」
「あ……」
澄んだ朝の空気、晴れ渡っている空からひとひら、ひとひら、雪が降りてくる。実の真っ赤になっている耳に触れて、溶けた。
「うん」
「なんか、根詰めすぎてもあれだし……高校生活最後のクリスマス、だし」
「うん」
「その、俺も、お前と行きたいと思って」
行かないって前言っちゃったけど、まだ変更きく? と小さく言って、実は前を向いたまま。
「うん、うれしい」
すごくすんなり、答えることができた。
少し前の私なら、いまさら~? とか茶化していたかもしれない。
「私も、人数合わせとかそういうんじゃなくて『実と』一緒に行きたいよ」
頬を少し染めて、実が振り返る。小さいころから変わらないくしゃっとした笑顔で答えた。
「なんだよ、初めからそうやって誘えっつの」
そうだ、私、実のこの笑顔が大好きだったんだ。いたずらっ子の顔、可愛くて、優しい顔。
「だって……」
言い訳をしようとして、やめる。
まだ早いけど、少しだけ、クリスマスの魔法にかかっても良い。
「ごめんね、あの時はちょっと恥ずかしくて」
実は、前を向くと、小さな声で答えた。
「今更恥ずかしいもなんも……いや、逆に恥ずかしいか」
「へへ」
「よし、決まったからには楽しむぞ。一日がっつり遊ぶべ」
「うん!」
クリスマスには、もっと素直になるんだ。
小さい頃みたいに全力で遊んで、全力で楽しんで、
これからみんな離れ離れの進路になっても、ずっと忘れないように。
大切なことを、大切な人に伝えられるように。贈り物を渡せるように。
私も『サンタ』になれるように。
了