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「あーあ。みのるが彼氏だったらいいのに」


 はっとして口を手で覆う。

 何言った? 今。


 その時だった。


 シャンシャンシャンシャンシャンシャン……。

 何の音だ?

 シャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャン!!

 鈴? 鈴の音? なんかクリスマスソングの初めとかに入ってそうな音がする。

 と、ともに、陽気なジングルベルが外から爆音で聞こえてくる。

「うるっさ……!」

 変な暴走族もいるもんだな! 私は眉を顰めて立ち上がる。


「ハァーッハッハッハッハーァァァァ!!!!」


 うるせー! イラっとして、窓をガラッと開ける。

 誰だ馬鹿笑いしてるのは!


「メェエエェェエェエリィクリスマアアァァァァアス!!!!!!!!!」


 どでかい声でクリスマスのご挨拶をくれたのは、なにやらやばそうな男だった。

 げ。やばい。これはやばいぞ窓閉めよう。

 慌てて窓を閉めようとすると、男が足をねじ込んでくる。

 やばい、スマホはベッドだ。叫ぶしか。

「お、おまわりさ」

「いやいやいやちょっと待ってくれお嬢さん話を聞いてくれ!!」

 この状況で話を聞くと思うか? 私はそいつの顔をよく見る。このまま逃げられたとしても特徴を通報できるようにだ。

 白い付け髭に四角い黒縁眼鏡、真っ赤なサンタ服にサンタ帽。クリスマスまでまだ一週間あるが、気の早い変質者だ。

「お引き取りください」

 ぐぐぐ、と私の手とそのおっさんの手で窓を押し合う。


「私はサンタだァッ! いちっ、にっ、さんタだァっ!!!!」

「いやどうみても変質者でしょうが」

「どーみてもサンタさんだろう!」

「変質者!」

「見てくれこのサンタ服!」

「どこの量販店でお求めですか?」

「おひげ!」

「付け髭ですよねそれ」

「サンタソリ!」

「どうみても子供用ボブスレーですが」

 とにかく出てってください警察呼びますよ、という私に、自称サンタのおっさんはにやりと笑った。

「それじゃあ、ここは何階かな? お嬢さん」

 ひゅう、と風が吹き抜けた。

「二階……」

 私の部屋の下には足掛かりになるものは何もない。壁をよじ登っていたとして、こんなにまっすぐ立てるわけない。

 そう、おっさんは立っていたのだ。赤い子供用ボブスレーの上に、二本の脚で、しっかりと。

「う、浮いてる!?」

「そう! サンタパゥワーで浮かせているのだ!」

 パワーの発音が絶妙にウザい。

「さんたぱわ……トナカイは?」

「用意できなかった。まだトナカイライセンスを取得していないのでな」

 トナカイライセンスとかあるんだ。知らなかった。

 トナカイなしのコスプレ変質者のおっさんは、確かにいろんな意味で浮いていた。ふわふわと、浮いているボブスレーの上に立っていた。どや顔なのがすごくウザい。

「で……何しに来たの?」

 こんな奴に耳を傾ける私もどうかしていると思うが、浮いているのは確かに不思議。サンタパワーとやらで浮いているおっさんは、得意げに胸を逸らした。

「君の願いを叶えに来た!」

「は?」

「さっき君、『ナントカ君が彼氏だったらいーのに(はーと)』と言っただろう!」

「言ってない」

「言った」

「実が彼氏だったらいいのにとは言ったけど誇張するのやめてもらえます?」

 それだ! とおっさんは人差し指を私に向ける。人を指さしちゃいけませんって言われたことないの?

「実君とやらを、君の彼氏にしてやろう!」

「は? どうやって」

「サンタパゥワーでだ!」

「え……、……は!?」

 あまりにも突拍子もないことを言うから、会話についていけない。

 サンタパゥワーが、なんだって?

 なんで実が私の彼氏になるって?


「楽しみにしているがいいッ! ハァーッハッハッハッハッハァァァッ!!」

「え!? ちょっと!!」


 シャンシャンシャンシャン! と音を響かせ、また高笑いと共におっさんは夜空へ消えていった。消えていった? なるほどほんとにサンタパワーとやらは使っているらしい……。

 やや、沈黙。

 人間は本当にわけのわからないものに遭遇すると固まってしまうというのは本当らしい。

 私は数秒固まった後、はっと我に返り、下の階へ降りた。

「お母さん!」

「どうしたのさつきそんな慌てて」

 お母さんは平然としている。上の階であんなに騒いでいたのに、なにも聞こえてなかったの? これ、逆に私が騒いだら頭の心配されるやつじゃん。

「えっと、そのー……わたしうるさくなかった?」

「全然? なんにも聞こえなかったよ」

 ほんとに? あの爆音の鈴の音とジングルベル聞こえてなかったの?

 そうは言えず、私はちょっと友達と通話盛り上がっちゃって、と笑ってごまかした。

 お母さんは、ほどほどにね、と言って、夕飯の支度を進めている。


 何もなかったんだ。

 夢だ。多分。

 いや絶対夢。

 言い聞かせて、私は食卓に着いた。


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