ヒーリアのお爺さんが一つの神話を語り始めた。酒場で語ることじゃないのに……
「混沌たる闇があった。闇は静寂と安寧の中で穏やかに過ごしておったが、ある日、退屈に飽いて光を生み出した。生み出された光は成長し、先端に火が灯った。火は周囲に温もりを与えた。闇も温もりに包まれたが、同時に近づきすぎて火傷もした。傷ついた闇は涙を流す。それは水になった。水からは生命が誕生した。しかし生命は闇にとっては異質すぎて混乱をもたらせた。混乱した闇が身動ぐと風が生じ、風は震えとなって言葉を生み出し、それを周囲に伝え始めた。しかし闇も光も火も水も風も不安定な存在じゃった。そこで闇は、しっかりと安定した大地を作り出した。それがひび割れ土になった。闇は自らが生み出したそれらの存在を愛した。その瞬間。この新たなる世界が誕生した」
私が知る、この世界の光神教の教えとは違う神話だ。
「光神教が話す神話とは違うんですね?」
「うむ。光神教が話すのは、闇が世界を愛して創生した瞬間の事を話しておるな」
「はぁ……えっと、それはそれで間違いではない、ということですね?」
「そうじゃ。錬金術の語る創世神話は光神教の語る始まりの前の始まりの部分を話しておるな。原初の宇宙の話じゃ。光神教が語る神話は人にとって大事な部分である『人』の始まりや『神』の始まり。『愛』について語っておる」
「神が最初じゃない?」
「そうじゃ。いや、違うか。闇を最初の神。原初の神。光神教でいう旧神という見方が出来るな。それでは次に光神教の神話をおさらいしようか?」
私は首を左右に振った。
「それなら耳が腫れ上がるほど聞いたから……」
するとヒーリアのお爺さんが笑った。
「ふぁっふぁっふぁ。それほど教会と懇意ということはリサは貴族かね?」
「元です」
「そうか。貴族……というか王族の多くが光神教の教えを大事にしておる。必然的にそれに従う貴族もそれに倣うな」
ヒーリアのお爺さんは熱く語る。
「さて、錬金術をやる上で大事なのは旧神の方。つまり闇の部分なんじゃ。属性が生まれる瞬間を描いておるな。そして属性にはそれぞれ性質がある。何か分かるかな?」
「えっとぉ、闇なら静寂や安寧と言った部分ですか?」
「そうじゃ。大雑把には光は成長と癒やし、闇は静寂と安寧を、火は温もりと戦争を司り、水は混乱と生命を育み、風は撹乱を授けると同時に伝達も授けてくれる。土は領土という空間を広げてくれるが同時に重さが増す。といった具合か」
突然に始まった講義とその物量に私は付いていくのがやっとだ。周りに居た酔っぱらいのオジさんたちは散っていった。その後もヒーリアのお爺さんの講義は続き、私は頑張って話に食らいついていったのだった。