オークがドサリと倒れた。首からは大量の血が流れ出ている。これは即死だろう。
「あぁ、すまない。つい……」
獲物を横取りした形になったのを詫びているのだろう。
「いえ。正直、助かりました。攻撃力が不足していてトドメがさせなかったから……」
すると青年は「そう? なら良かった」と言って視線をシエラへと向けた。そのシエラは私の足元に来て服の裾を掴んで「大丈夫?」と聞いてきたので「大丈夫だよ」と答えたところだ。青年の視線が私とシエラを交互に見ている。
「旅にしては街道から外れてるし、ここはキャンプ地でもないし……こんな人気のない場所に子供を連れて何を?」
私は正直に答える。
「野営ですけど?」
「もしかして冒険者?」
「はい。駆け出しですけどね」
「子供連れで冒険の旅は、ちょっと危なくないかな?」
「そうなんですけどね。でも街の宿に置いていくことも出来なくて……」
「なるほど」
「いちおう精霊の護衛も居るんですよ?」
「精霊って、そこの猫?」
「はい」
青年が「へぇ、ならいいのかな?」と言って今度は視線を私に向けた。
「まぁいっか。俺はジン。ジン・タチバナ。よろしく」
「タチバナ・ジン? って、え? 日本の人?」
「ニホン?」
「あれ? 違う?」
「ニホンは知らないけど、俺の両親というかルーツならシャポネっていう島国だよ。ここからずぅっと東に行った先の先。俺自身はこの国の出身だ。この街から少し北に行った所の小さな村のね」
なんか訳アリっぽい?
「へぇ、そうなんだ。あっ、私はリサ。ここの領都出身で冒険者になったばかりの新人だよ」
「おぉ。俺もだ。よろしく」
「えっと、お礼がしたいけど何にもなくて……」
「あはは。いいよ。いらない。それよりオークから魔石を取らなくていいの?」
「あっ、そっか忘れてた。えっと、いいのかな。私が貰っても?」
「あぁ。元々ボコボコに殴っていたのはリサさんの方だからね」
「そう。じゃあ遠慮なく」
私はうつ伏せのオークをひっくり返そうと体全体に魔力を込めた。するとその様子を見ていたジンが「おぉ! 滑らかぁ」と言って驚いた。私はオークをひっくり返してジンを見た。
「魔力が視える人なんだね?」
「あぁ。魔力視の魔眼持ちだ。リサさんは?」
「私もよ」
そんな会話を交わしながらオークの胸にナイフを突きたてて切り開いていく。グロテスクな光景だが、やらないと魔石が取りだせないのだ。
その様子を見ながらジンが「幼い子供を連れての冒険は大変だろう?」と聞いてきた。ちなみに話の対象になっているシエラなケダマにもたれ掛かるようにしてコクリコクリと船を漕ぎ始めている。
「どうだろう? まぁ死ねないって緊張感はあるのは確かね」
「ふぅん。良かったらだけど手伝おうか?」
「何を?」
「野営での見張りとか、そっちの子の護衛とか」
「……」
私は青年を見定めようとじぃっと観察する。悪い人間には見えないが、でも信用もできない。だから率直に聞いてみた。
「そういえば、この場にはどうして現れたの?」
「うん?」
「魔物に襲われている現場に都合よく現れた理由を聞いてるの」
「あぁ。それは……その……」
「言えない理由でもあるの?」
私が詰問をすると、観念したように言った。
「実は森で迷ってたんだ。火の明かりが見えたから来てみたら、女の子がオークをボコってたというね」
オークをボコってたという部分は無視をして更に質問だ。
「迷ったって……この程度の森で?」
「この程度でも森は森だよ」
それはそうだけど……一日を休まず歩けば、たぶんどこかしらの外縁部に到達できる程度の広さしかない森だ。もしかしてと思ったので聞いてみた。
「方向音痴だったりする?」
するとジンは恥ずかしそうに「うん」と頷いた。その様子は悪人には見えない。
仲間が居た方が良いというのは事実なので、とりあえずパーティを組んでみて人となりを知ってから考えれば良いと判断した。
「おかしな真似をしたらオークみたいにボコるからね?」
私の言葉にジンは苦笑いを浮かべながら「わかった」と頷いたのだった。