しばらくシエラを胸に抱いていたが、さて。いつまでも悲しんでいられないのが現実というものだ。
「この子。どうしよう……」
普通に考えれば孤児院だろう。でも……シエラは私を掴んで放さない。放そうとしない。黒猫が言った。
「爺さんの遺産がある。それでシエラの面倒を頼めないか?」
「……」
困った。私は冒険者だ。その日暮らしで自分の面倒だけで精一杯なのだ。小さな子の面倒を見ながら生活なんて、もってのほかだ。でも、同時に私を掴んで放そうとしない子の手を引き剥がす事ができないでいる。
「孤児院に預けたほうが良いと思うの」
「孤児院という場所はシエラにとって良い場所なのか?」
「わからない。けど他に行く所が……」
「お前じゃ駄目なのか?」
「私は冒険者なのよ。危険な場所にも行くし、そんな所に子供を連れては行けない」
「危険からは俺が守る。だから頼む」
「どうして私なの?」
「シエラがそれを望んでいるからだ」
私はシエラの頭を撫でる。とても温かい。それに鼓動も聞こえる。どうすればいい。シエラにとって一番良い選択は何がある。私が答えられずに悩んでいるとシエラが言った。
「シエラね。お姉たんと一緒がいい」
「どうして私なの。今日たまたま知り合っただけの……」
そこまで言いかけてシエラと目が合う。目に涙を溜めて「一緒がいいの」と言った。駄目だ。この手を振りほどけない。このお願いを断れない。同情とか愛おしいとか、そういう感情がぐちゃぐちゃで……どうしたら良いのか分からない。
すると父の声が聞こえた気がした。
「筋肉に問え。そうすれば答えてくれる」
ハァ。こんな時でも筋肉か。私は自分の上腕二頭筋を見る。鍛え上げた筋肉が目に映る。この筋肉は何のためにある。第一に自分を守るため。第二に領民を守るために。第三に大切な人を守るために。順番はともかく私の筋肉は人を守るためにあるのだ。ならばせめて……この腕の中にいる。私を頼る子供を守らないで何のための筋肉か。
「よし!」
決めた。私は全力でこの子を守る!
シエラに視線を向けると不安そうにしていた彼女と目が合う。
「最後の確認だけど、私と来るってことは危険なこともあるかもしれない。もちろん全力で守るつもりだけど……それでも良い?」
するとシエラが笑った。
「うん。一緒が良い!」
ぷにぷにのほっぺたを軽くつまむ。なんて愛らしい生き物だろう。この子の笑顔を守るのが私の最初の仕事でもあったのだ。乗り掛かった船だ。全力でやってやろうじゃない!
「リサよ。私の名前はリサ」
「リシャ姉たん」
私は黒猫に視線を向ける。
「ケダマだ」
「はい?」
「ケダマ。それが俺の名前だ」
「毛玉?」
「ケダマ」
私はシエラを見る。
「本当はね『冷え冷えの真っ黒毛玉』って名前なんだぁ。でも長いからケダマって呼んでうの」
するとケダマが焦ったように言った。
「おい! シエラ。真名は人に教えちゃだめだって言っただろう!」
「あぅ。ごめんたい」
私は思わず苦笑い。いきなり秘密を打ち明けられてしまった。ケダマが言う。
「まったくよぉ。リサと言ったか? 真名を口にしたら殺すからな!」
「……口にしない。約束する。シエラにも言い聞かせるわ」
「頼むぜ。まったく」
こうして私はシエラとケダマの面倒を見ることになったのだった。