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第10話 エルフの幼女

 街の外壁の大門を潜り、小さな森へとやってきた。空は晴れ渡り気温が高く暑い。


「確か中央付近に住んでるって話だったけど……何処だろう?」


 森は小さく、魔物も居ないそうだ。管理された森という感じで木陰で日差しが抑えられ、心地のいい風が吹き抜けていく。


「ふぅ。気持ちいい!」


 日本みたいにジメジメした暑さではないので、木陰は本当に涼しい。


 気持ちの良い森を散策気分で歩いていると、大きな樹の下に金の髪をした幼女が地面に枝を使ってぐりぐりしている。幼女の肩には真っ黒な成猫が乗っている。


「こんにちは」


 私が話しかけると、幼女が顔を上げた。翡翠色の綺麗なくりくりした瞳だ。かわいー!


 耳は当然、エルフなので房状。ピンク色の唇もぷっくりとしていて非常に愛らしい。彼女の視点に合わせて屈む。私はもう一度、彼女に挨拶。


「こんにちは。何してるのかな?」


 すると幼女が口を開いた。


「お絵描き」


 声も幼女特有に高くて、しかも少し舌っ足らずで可愛い。反則級の可愛さだ。


「お爺さんは何処かな?」

「ジィジに用?」

「うん。お仕事で来たんだ」

「しょっかぁ。ジィジならお部屋だよ」

「ありがと」


 幼女の頭を軽く撫でてから、私は大きな木に取り込まれたような家の扉をコンコンコンとノックする。しかし返事がない。もう一度ノックするが、やはり返事がない。


「あれ?」


 すると私の右手に人の肌が触れた。隣には幼女が居て、その小さな手で握って来たのだ。柔らかくて、ぷにぷにしている。思わず笑み崩れる私だったが、いつまでもこうしていても仕方がない。幼女に尋ねる。


「お爺さん。居ないの?」

「じぃじはお部屋で寝てうの」

「寝てるのかぁ。お昼寝かな?」


 うぅん。それは困った。私が困っていると黒猫がピョンと玄関脇の窓から中へ。幼女も玄関のドアを開けて中へと入っていく。


「どうじょ」


 幼女の先導のもと私も中へ。家の中は薬草でいっぱいだ。幼女がトテトテと歩いて奥へと進んだ。


「じぃじ。お客さんだよ」


 しかし奥からは何の声もしない。


「じぃじ。起きて。お客さんだよ」


 舌っ足らずな声でお爺さんを起こそうとしているようだ。しかしやはり返事がない。黒猫が私をじぃっと見ている。なんだろう。何かが変だ。私は奥に声を掛ける。


「あの。すみません。冒険者ギルドで依頼を受けて来ました」


 しかしやはり返事がない。私は恐る恐る奥の部屋へと進んだ。すると私の足元を黒猫がスルッと横切って先導を始めた。もう一度声を掛ける。


「あの。ポルオレルさん?」


 依頼票に書かれた依頼主の名前だ。キシ。キシっと床が鳴る。そうして奥の部屋に入って私が見たものはベッドで寝ているエルフの老人だ。


「あの……すみません。勝手に入ってしまって……」


 しかしやはり返事がない。心臓がドキドキ鳴っている。もしかして……死んでる?


 幼女がお爺さんを揺すっている。


「じぃじ。起きて。じぃじ」


 嘘でしょ?


 私の眼の前にいるお爺さんは目を覚まさない。試しに呼吸をしているか確認してみる。が……やはり呼吸をしていない。


「……」


 すると後ろで男性の声がした。


「爺さんな。ちょうど今朝、息を引き取ったんだ」


 振り返るとそこには黒猫が居た。


「あなたは?」

「精霊だ」

「そう……」

「シエラは、まだ爺さんが亡くなったことを理解できないらしい」

「シエラ?」

「その子の名前だ」


 私が視線をエルフの娘に向けると、幼女が不思議そうな顔で言った。


「じぃじね。起きないの。どうして?」


 私はどう答えていいか分からず、とりあえず幼女を胸に抱きしめた。幼女特有の体温の高さに私はなぜだか泣いてしまった。


 それから私はシエラを連れて冒険者ギルドへとって返した。そして事情を説明。それから少し職員がバタバタとした後で教会から人が派遣されて葬儀が行われた。


 エルフの葬儀は土葬なので小さな森の家の裏手に墓が作られた。


 その様子を幼女が不思議そうに見ている。私の手を握ったままで。ポルオレルさんを棺に入れて穴へと入れていく。そして葬儀人の人達が穴を埋め始めた。それを見てシエラが私に言った。


「じぃじ……埋めちゃうの?」


 私は頷く。


「うん。ポルオレルさんは……じぃじは亡くなったの。わかる?」

「……もう、お話できない?」

「そう。もう、会えないの」


 すると幼女が小さく震え始めた。声が涙声になっている。


「じぃじ……」

「シエラちゃん。お爺さんにお別れの言葉を」

「じぃじ……」


 そう言って俯いていた幼女だったが、しだいに大きな声で泣き出した。


「うわぁあああああ。じぃじ。じぃじ!」


 私はその様子を見ているのが辛くて、彼女を優しく抱きしめた。私の胸で泣く幼女。その様子に葬儀の人たちも涙を浮かべているのだった。

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