酔っぱらったおっさんの客が私の腰に手を回して尋ねてきた。
「よぉよぉ。リサちゃん。お前さん、まだ処女か?」
「そうよ。だから何?」
「俺が大銅貨三枚で買い取ってやろうか?」
「断る! 他に行けや!」
そう言って酔っ払いを平手でぶん殴る。するとぶべらとか言って客が吹っ飛んだ。それを見ていた他のおっさん客たちが大笑い。
「だっはっは。ダッセー!」
そう言って、今度は大笑いした客が私のお尻を撫でた上で交渉を始めた。
「よぉ。なら俺が、このお尻に大銅貨五枚だ。どうよ!」
「うっさい! 死ね!」
やはり私が平手で男を引っ叩く。すると、やはり皆が大声で笑う。
「お前ら、もう帰れ!」
私が大声で怒鳴ると、やはり皆がケタケタと笑う。
もう、そういう光景が日常茶飯事になっている。
この品のない酒場兼宿屋で働くこと三十日。誰の誘いも受けない私の処女は、どうやら価値があるようで、いつしか競売に掛けられていた。
「売りはしないっていってんだろ! 酔っ払い共!」
何度となく、そう叫んでもいっかな誘いが無くなることはない。というかもう、そういうノリが楽しいみたいにまでなっている。
「くっそぉ。セクハラで訴えられたらどれほど楽か!」
そうそう。私は仮名で前世の名を名乗っている。この世界での名は家出をした際に捨てた。現在はリサで通っている。そんな私を女将が言う。
「処女なんて、さっさと捨てて売りをやってくれたら私らの収入にもなるんだけどねぇ」
どうやら私の顔と体は男どもにとっては相当に魅力的らしい。女将が言う。
「アンタの引き締まったメリハリのある体と、プラチナブロンドの髪と翡翠色の瞳にどれだけの男が虜になっているか……」
女将がしみじみと口にする私の長所だが、私にとっては何ら価値のないものばかりだ。
「やかましいわ! 売りはしないって言ってんでしょ!」
誰がこんな汚らしいオッサン共に体を売るかってんだ!
まったくもう!
そんな私に救いの手がやってきた。
「リサ。奥で野菜を切るのを手伝ってくれ」
店のオーナーであり女将の旦那が、そう言って奥での仕事を振ってくれた。私は「喜んで!」と叫んで奥へと入り、そこで野菜の皮むきをするのだった。
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酒場を兼任する宿屋で客のセクハラに耐えつつ働くこと更に十日が経過した。私はこの品のない酒場で庶民として生きるための様々な知恵を手に入れていった。貴族生活では手に入らなかった知識だ。
ってかさ。さすが酒場。働いているだけで色んな情報が入ってくる。
領主の娘である私の捜索がされない理由とかな。
どうやら私は修行の旅に出たことになっているようだ。さすが脳筋一家。そう来たか。
まぁいいけどね。これで私の家出は領主公認だ。
他にも冒険者ギルドの抜け穴とかも教えてもらえた。
なんでも登録しなくても一応、ギルドで色々と買い取りはしてくれるらしい。なので私は店が休みの日には街の近くにある小さなダンジョンに籠もった。
ダンジョンでは鍛えた拳を振るう。私の格闘術には魔力が込められており、徒手格闘技でも結構な威力が出るのだ。そうゴブリンやコボルト程度なら拳だけで倒せる程度に……
しかし私が籠もっているダンジョンは小型犬程はある大ネズミや大クモやオオコウモリがでる程度。どっちもゴブリンやコボルト以下の弱い魔物だ。正直微々たる稼ぎにしかならないが、それでも宿の稼ぎよりは良い。
こうして私は冒険者ギルドの登録料を稼いでいったのだった。