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第46話 彼女は今日も、最高にかわいい(面倒くさい)

「ぷいっ」


「え、えるさん? もしかして怒ってる……?」


「怒ってないですぅ。別に、私の彼氏さんが他の女の子のことを下の名前で呼んでたことなんて……気にしてないですぅっ」


 ぷくぅっ、と頬を膨らませながら、えるはそっぽを向く。


(完全に怒ってるよな、これ)


 夏斗とえるは、先日の遊園地デートにて晴れて結ばれた。お互いがお互いを好きだったことを告白し、恋人として付き合い始めたうえに初めてのキスまで。


 そして今、順風満帆な二人は絶賛痴話喧嘩中だ。夏斗が紗奈のことを下の名前で呼んでいた件について。


 何故バレたのかというと、屋上でえると昼ごはんを食べるため悠里と紗奈と別れた際に、ぽろっと下の名前で呼んでいたのを教室の前まで来ていたえるが聞いてしまったからである。


 それからはもうとことん不満を表に出しており、膨らんだ頬がいつまで経っても縮まらない。


「機嫌直してくれよ、なっ? あれはテスト頑張るって言ってたアイツにお願いされたご褒美なんだって! 決して浮気とかはしてないから!!」


「ぷぅ……じゃあ私のことがちゃんと一番好きだって証明してください。そしたら、許してあげなくもないです……」


「しょ、証明って?」


「……キスしながら、ぎゅっ、て。抱きしめて欲しいです。あと、好きっていっぱい言ってください……」


「っっっ!? こ、ここ学校だぞ!? もし誰か入ってきたら────」


「して、くれないんですか?」


 えるのうるうるとした瞳が、夏斗の心を抉る。


 昨日の長い……そして深いキスが、頭の中でフィードバックした。


 彼女の小さな身体、熱い体温、荒い息遣い、自分を求めてくる短い舌、交わった唾液。


 一つ一つを鮮明に思い出してしまった身体は、ぼっと火がついたかのように火照る。


 身体が、求めているのだ。「えるが欲しい」、と。


「あっ……」


 無言で、その小さな身体を引き寄せる。そして背中にそっと手を回してから、ゆっくりと。唇を、重ねた。


「好きだ、える」


「ぅ、あぅ……」


 学校でするという背徳感と、初夏に入りじわりと汗ばんだ身体同士の密着で、二人は熱情に駆られながら深く舌を絡ませあった。


 何十秒もキスを続けて、息が限界になってから一度唇を離し、愛を囁いてもう一度唇をくっつける。


 どちらかが少しでも勇気を出し、相手が好きだということを伝えていればいつでもできた行為。三ヶ月という時を経ずとも、もっと早く恋仲になることができた。もっと毎日を、こうして過ごすことができた。


 その後悔も相まって、二人のキスをする回数は明らかに異常であった。


 でも、仕方がないだろう。


 好きなのだから。


「ぷ、ぁ。機嫌……治してくれたか?」


「えへへ、先輩にいっぱい好き好きしてもらえました。私はもう彼女さんですからねっ。これで許してあげます!」


「なら良かった。……それにしても、暑くなってきたな。そろそろ屋上で食べるのも厳しいかも」


「ふふんっ、安心してください。そろそろ頃合いかと、手は打ってあるのです!」


 大きな胸を張り、ポケットからえるが取り出したのは鈴のついた鍵。


「先生に無理言って、空き教室を昼休み借りれるようにしてもらいました! クーラーもかけれますから、これで涼しい&二人っきりな最高の昼休みゲットです!」


「うわぁ、それでいいのかよ先生……」


 褒めて褒めて、と言わんばかりに身体をすりすりしてくるえるの頭を撫でつつ、夏斗は呟いた。


 この学校の教師陣は、みんなえるに甘い。まるでファンクラブでも作ってるみたいだ────なんて、心の中で。


「ま、それよりも明後日で一学期終わりだけどな。そっからは待ちに待った夏休みだ」


「はっ! そうでした! 先輩、部活もいいですけど、いっぱい色んなところ行きましょうね? 私、その……もうナツ先輩がいないとダメな身体になっちゃってますから。毎日、会いたいです……」


「ん゛んっ。勿論。部活も一日中ってわけじゃないし、俺も毎日会いたいな。あ、そうだ。これ渡しとくよ」


「ほぇ? そ、それは……はわっ!?」


「家の合鍵。大変申し訳ないんだけどな。俺、相変わらず朝は弱くて。だから午前中部活の時とか起こしにきてくれたらなって────」


「部活の時と言わず毎日行きますっ! 先輩のために朝ごはん用意して、優しく彼女さんムーブで起こしてあげますからっ!!」


「お、おぅ? よろしく頼む」


「えへへ、やったぁ♪ 先輩の家の合鍵……えへへ、えへへへっ」


 合鍵を渡すと、えるは大事そうにそれを胸の前で握りしめながら、満面の笑みを漏らす。


 それと同時に、まだお弁当の蓋すら開けていないというのに五限の予鈴が鳴り響いた。


「ちょっ、あと五分!? やばい急いで食わないと!!」


「あわわ、あわわわっ!? ですね、早く食べましょう!!」


 彼女はすぐに嫉妬するし、メンタルが弱いし泣き虫だ。寂しがりやで甘えんぼで、少し離れるだけで弱ってしまう面倒臭い生き物だ。


 でも、そんな彼女を好きになった。嫉妬してくれるところも心が弱くてすぐ頼ってきてくれるところも、寂しがりやでいつも甘えてくれるところも、一緒にいたいと思ってくれているところも。


 全てが面倒臭くて、愛おしい。


 だから、これからも。彼女の彼氏になった身としてずっとこの笑顔を守り続けていこうと。



 そう、決意した。

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