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第45話 ナツ先輩、はじめては私からです

「え……?」


 辺りに静寂が走る。


 私は、ただじっと先輩を見つめていた。


 不思議そうに、困惑するように。状況を理解できていないかのように。だけどその意識は、先輩のまっすぐな視線ですぐに打ち消される。


 告白されたのだ。自分のことが好きだ、付き合ってほしいと言われたのだと。少し遅れて、ようやく脳が感じとった。


「先輩が……私のことを?」


 ポロッ、と。左目から涙がこぼれ落ちる。


 自分でそのことに気づいたのは、それが頬を伝って床へと落ちていった時だった。


 好きだった。ずっと大好きだった人が、自分のことを好いてくれていた。告白してくれた。付き合ってほしいと言ってくれた。


 人生最高の幸福だ。今すぐに泣き叫んでしまいたいほどに、胸の奥から熱いものが込み上げてくるのを感じる。


(でも……)


 それと同時に、心の中に宿るもう一つの意志。


 ″自分から告白したかった″という、悔しさ。


 思えばこの遊園地デートを企画してくれていた時から、ずっとこの瞬間のための努力を続けてくれていたんだろう。場所をここに決め、ライトアップの時間に来れるようにスケジュールを調整して。自分への告白のために、労力を割いてくれていた。


 それなのに。この人への好きは負けていないはずなのに。自分はどうだったか。告白しようとしていたものの、場所をここに決めた以外は何も企画できていなかった。告白場所にライトアップがあることなど、知りもしなかった。うじうじと悩むばかりで、正面から言葉を伝えられなかった。


「返事を、聞いてもいいか……?」


 ナツ先輩が、不安そうな瞳で問いかけてくる。


 一世一代の告白。勇気を振り絞って出した言葉への返答を、じっと待っている。


(私は、この言葉に素直に答えるだけで……本当にそれだけで、先輩と対等になれるのかな)


 先輩とどうなりたいかなんて、答えはとっくに決まってる。


 でもここで、ただ先輩からの告白を受け取って。「私も」なんてまるで同調するように好きを伝えたら。


 きっと私は、後悔する。心の奥底でどこかつっかかりが出てくる。


 だから────


「嫌です。そんなの絶対……嫌ですッッッ!!!」


 言葉を超える行動で。私は、先輩の好きを超える。


「んっ……!?」


 先輩を見上げ、必死で背伸びして。その両肩に手を置いてから、ギリギリ届いた唇に。私は、そっとキスをした。


 甘い。一緒に飲んだミルクティーの味がする。手は硬いのに、唇はふわりと柔らかい。


「私の方が……好き、なんですから。ずっと、ずっとずっとずっと、好きだったんですから!! 先輩の好きになんて、負けません!!」


「あ、ぇ……? うぇ?」


 目に見えて動揺している先輩は、何が何だかといった様子で目を点にしていた。


 私が先輩の告白を断る可能性があるなんて、本当に思っていたのか。こんなに大好きな人からの″好き″を拒むと、本当に。


「ふふっ、先輩は鈍感さんです。……付き合いたくないわけ、ないじゃないですか」


「……っえ!? い、いいのか!?」


「はい。大好きです……ナツ先輩っ」


 唇の暖かな感触が残るままに、私は行動と共に心の底からの言葉を伝えて。伝え終わってから、恥ずかしくなって。身体中が火照った。


 先輩も、かあぁと顔を赤くしている。いきなりキスをされて、恥ずかしかったのだろうか。でもそれ以上に……なんだか、嬉しそう。


「本当は、私が先に告白するはずだったんですよ? それなのに先に言われちゃいました。だから……はじめての告白は取られちゃいましたけど、大切なファーストキスは私からです」


「え、えるも告白する気だったのか。全然気づかなかった……」


「だから鈍感さんだって言ってるんですぅ。でも、ね? 先輩……せっかく私たち、お付き合いしたんです。世界一大好きな彼氏さんに今、私がしてもらいたいこと……分かって、くれますか?」


 初めてのキスは、私から。


 じゃあ、次は? 次からは? 私は当然大好きな人に自分から触れたいけれど……触れてもらいたい。


 先輩の顔が、ますます赤くなっていく。私の言いたいことが伝わったのだと信じて、そっと目を閉じた。


「いいん、だよな?」


「勿論ですっ。私の身体はもう……全部、ナツ先輩のものですから」


「……分かった」


 真っ暗闇の中で、口を塞ぐように。私の唇が奪われた。


 長い、長いキス。数秒で離れようとした先輩の首元に手を回して。「もっとしてほしい」をいっぱい伝えて。そっと目を開けてから、舌を……絡ませた。


「んちゅ……んぅ。ぷぁ。えへへ、えっちなキス、しちゃいましたね」


「あ、あぁ。……暖かかった。めちゃくちゃ、気持ちいい」


「まだ、足りないですよね?」


「……ん」


 それからは、何秒……何分繋がったのか分からなかったけれど。人に見られながら、恥ずかしい思いをして。けれど私も先輩も、お互いを離したくなくて。ぴちゃぴちゃとエッチな音を立てて、愛を確認し合うように濃厚なキスをした。




 私のこれまでの人生の中で。そして、これから生きていく時間の中で。きっと今日以上に幸せな日は来ないのだろうな、と。想いを、馳せながら。

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