「え……?」
辺りに静寂が走る。
私は、ただじっと先輩を見つめていた。
不思議そうに、困惑するように。状況を理解できていないかのように。だけどその意識は、先輩のまっすぐな視線ですぐに打ち消される。
告白されたのだ。自分のことが好きだ、付き合ってほしいと言われたのだと。少し遅れて、ようやく脳が感じとった。
「先輩が……私のことを?」
ポロッ、と。左目から涙がこぼれ落ちる。
自分でそのことに気づいたのは、それが頬を伝って床へと落ちていった時だった。
好きだった。ずっと大好きだった人が、自分のことを好いてくれていた。告白してくれた。付き合ってほしいと言ってくれた。
人生最高の幸福だ。今すぐに泣き叫んでしまいたいほどに、胸の奥から熱いものが込み上げてくるのを感じる。
(でも……)
それと同時に、心の中に宿るもう一つの意志。
″自分から告白したかった″という、悔しさ。
思えばこの遊園地デートを企画してくれていた時から、ずっとこの瞬間のための努力を続けてくれていたんだろう。場所をここに決め、ライトアップの時間に来れるようにスケジュールを調整して。自分への告白のために、労力を割いてくれていた。
それなのに。この人への好きは負けていないはずなのに。自分はどうだったか。告白しようとしていたものの、場所をここに決めた以外は何も企画できていなかった。告白場所にライトアップがあることなど、知りもしなかった。うじうじと悩むばかりで、正面から言葉を伝えられなかった。
「返事を、聞いてもいいか……?」
ナツ先輩が、不安そうな瞳で問いかけてくる。
一世一代の告白。勇気を振り絞って出した言葉への返答を、じっと待っている。
(私は、この言葉に素直に答えるだけで……本当にそれだけで、先輩と対等になれるのかな)
先輩とどうなりたいかなんて、答えはとっくに決まってる。
でもここで、ただ先輩からの告白を受け取って。「私も」なんてまるで同調するように好きを伝えたら。
きっと私は、後悔する。心の奥底でどこかつっかかりが出てくる。
だから────
「嫌です。そんなの絶対……嫌ですッッッ!!!」
言葉を超える行動で。私は、先輩の好きを超える。
「んっ……!?」
先輩を見上げ、必死で背伸びして。その両肩に手を置いてから、ギリギリ届いた唇に。私は、そっとキスをした。
甘い。一緒に飲んだミルクティーの味がする。手は硬いのに、唇はふわりと柔らかい。
「私の方が……好き、なんですから。ずっと、ずっとずっとずっと、好きだったんですから!! 先輩の好きになんて、負けません!!」
「あ、ぇ……? うぇ?」
目に見えて動揺している先輩は、何が何だかといった様子で目を点にしていた。
私が先輩の告白を断る可能性があるなんて、本当に思っていたのか。こんなに大好きな人からの″好き″を拒むと、本当に。
「ふふっ、先輩は鈍感さんです。……付き合いたくないわけ、ないじゃないですか」
「……っえ!? い、いいのか!?」
「はい。大好きです……ナツ先輩っ」
唇の暖かな感触が残るままに、私は行動と共に心の底からの言葉を伝えて。伝え終わってから、恥ずかしくなって。身体中が火照った。
先輩も、かあぁと顔を赤くしている。いきなりキスをされて、恥ずかしかったのだろうか。でもそれ以上に……なんだか、嬉しそう。
「本当は、私が先に告白するはずだったんですよ? それなのに先に言われちゃいました。だから……はじめての告白は取られちゃいましたけど、大切なファーストキスは私からです」
「え、えるも告白する気だったのか。全然気づかなかった……」
「だから鈍感さんだって言ってるんですぅ。でも、ね? 先輩……せっかく私たち、お付き合いしたんです。世界一大好きな彼氏さんに今、私がしてもらいたいこと……分かって、くれますか?」
初めてのキスは、私から。
じゃあ、次は? 次からは? 私は当然大好きな人に自分から触れたいけれど……触れてもらいたい。
先輩の顔が、ますます赤くなっていく。私の言いたいことが伝わったのだと信じて、そっと目を閉じた。
「いいん、だよな?」
「勿論ですっ。私の身体はもう……全部、ナツ先輩のものですから」
「……分かった」
真っ暗闇の中で、口を塞ぐように。私の唇が奪われた。
長い、長いキス。数秒で離れようとした先輩の首元に手を回して。「もっとしてほしい」をいっぱい伝えて。そっと目を開けてから、舌を……絡ませた。
「んちゅ……んぅ。ぷぁ。えへへ、えっちなキス、しちゃいましたね」
「あ、あぁ。……暖かかった。めちゃくちゃ、気持ちいい」
「まだ、足りないですよね?」
「……ん」
それからは、何秒……何分繋がったのか分からなかったけれど。人に見られながら、恥ずかしい思いをして。けれど私も先輩も、お互いを離したくなくて。ぴちゃぴちゃとエッチな音を立てて、愛を確認し合うように濃厚なキスをした。
私のこれまでの人生の中で。そして、これから生きていく時間の中で。きっと今日以上に幸せな日は来ないのだろうな、と。想いを、馳せながら。