「ふぅ、楽しかったぁ! えるは怖くなかったか?」
「はいっ! 先輩が、その……守ってくれたので。えへへ」
アトラクションが終わり、プロジェクションマッピングが途切れると部屋は元に戻っていく。
ちなみに結果はというと、ほとんどの海賊を夏斗が撃退したことによって全制覇を完了していた。
えるも戦うには戦っていたが、せいぜい夏斗の撃ち漏らしを処理する程度。逆にここまでパートナーが強いと、もう片方は退屈に思ってしまいそうなものだが。彼女の心のうちにあった感情は、一つだけ。
(先輩、カッコよかった……)
暗いところや大きな音が苦手な自分のことを庇い、必死になって守ってくれた。そんな夏斗の頼れる姿に、えるの心はトクントクンと激しく躍動。今もなお、続く余韻で身体が熱くなっている。
端的に言えば、惚れ直していた。
「お客様、ハイスコア獲得おめでとうございます! こちら、景品のシャチ叉君マスコットです!」
「へっ?」
「わぁ! シャチ叉君だぁ!!」
そんな二人に寄ってきた係員が持ってきたのは、この施設のマスコットキャラ、シャチ叉君の小さなマスコット。
大きさにして、およそ手のひらよりも小さいくらいのそれは、パイレーツ•クエストにてハイスコアを残したものにのみ手渡される限定品であった。
「……かわいいな」
シャチ叉君のベース色は黒であるが、ここで渡されるのは男の場合は水色、女の場合はピンク色。ストラップ紐が頭から伸びているそれを大事そうに抱えたえるは、夏斗の腕に抱きつきながら。言った。
「先輩との大切な思い出が、また一つ増えちゃいました。シャチ叉君……大切にしますっ」
「……そう、だな」
えるはそれをそっと鞄にしまい、夏斗も収納するのがなかったため水色シャチ叉君を同じ鞄の中に入れて。どこか感慨深い気持ちになりながらも、テンションをリセット。次の施設へと急ぐ。
「よし、次行くか! 次は確か……」
「ホエールボールです! ほら、水の上でおっきなボールに入ってコロコロするやつですよ!」
「そうだそうだ。じゃあ行こう!」
「はい!」
ぎゅっ、と指を絡ませて、離れないように繋いでから。早歩きでその場を離れた。
次に向かう先は、ホエールボール。
透明な水に浮く球体、いわゆるバブルボールの中に入り、水上を動き回る。案外体力を使うらしいそれに、夏斗はえると二人で入る気であった。
本来なら一人で入るそれは、一応二人までの同時搭乗が認められている。入り口を閉ざせば密閉された空間となるそこに、二人きり。それも足元は平面ではなく、必ずと言っていいほど中で転げ回ることとなる。
密着必至のアトラクションだ。
(先輩と、ホエールボール。どさくさに紛れて抱きしめたりとか……できないかな)
そしてここにも、好きな人との相乗りに過度な期待を求める者が一人。
普段は恥ずかしくてでできないことも、アクシデントとしてなら。こちらから狙ってやったという状況を作らずに、夏斗と激しく密着できるかもしれない。
かあぁ、と妄想に顔を赤く染めるムッツリは、より強く。夏斗の太い指を握った。
(告白する前に、もっと。えると距離を縮めたい……)
(先輩にいっぱい抱きついて、甘えたいなぁ。あわよくば先輩からも、ぎゅっ、て。してほしい……)
チラチラとお互いに、気づかれないよう横目で期待の眼差しを向け合う二人。
まさかお互いがお互いにこれ以上更に距離を縮め、激しい密着を求めているとは。知る由もない。
◇◇◇◇
「ささ、一緒に入りましょう!」
「うぉっ、意外と広い」
海上(風な水上での)アスレチックであるホエールボールで行うことは至ってシンプル。
ウォーターボールの中に入り、水上を歩いたり転がったり。以上。
係員が入り口を閉じると、二人を包んだボールは静かに水上へと流れていく。
そんな様子をただ座って眺めてしばらく。夏斗はゆっくりと立ち上がった。意外と安定感が無くすぐこけてしまいそうになるが、その不安定感がいい。
「える! じゃあ二人で早速────おわっ!?」
「にゃにゃにゃにゃにゃ!!」
その瞬間。えるは四つん這いで前に進むと、体重移動でボールを動かしてハムスターが走るアレの要領で足元を回す。
ただでさえ不安定な水上での足場。夏斗はすぐに体勢を崩し、見事に転んだ。えるはチラリと振り向くと、ニヤニヤしながらそれを見て立ち上がる。
「ふっふっふ。ナツ先輩? もう戦は始まっているんですよ! いわばこれは水上の転ばせ合い……その本質を見抜けなかった先輩に、私は倒せな────ひにゃんっ!?」
「隙アリだ。戦場でこうべを垂れるとは未熟者めッ!」
「むむ、むむむむっ! やりましたねっ!!」
カウンターとばかりにボールの表面を強く叩いて揺らし、えるを転ばせた夏斗に。自信満々で説明していたえるはぷくりと頬を膨らませる。
そしてそこからは、戦争であった。
お互いに攻守を繰り返す究極の転ばせ合い。時にはえるが全力ダイブでボールの角度を変えたり、夏斗が全力疾走してついて来れないようにしてからボールの高速回転でえるをばたんきゅーさせたりと。
分かってはいたことであったが、決着はすぐについた。当然だ、現役運動部の夏斗に、超絶運動音痴のえるが勝てるはずもない。やがて降参したえるは、「ひぃ、ひぃっ……」と切れ切れの息を吐きながら。大きな呼吸で身体をピクピクさせていた。
「ふんっ。運動系でえるが俺に勝とうなんて百万年早いな」
「ずる、ひ……ですっ。はぁ、はっ……せん、ぱぃ……大人げない、れすぅ……っ」
身体を大の字に広げ寝転がるえるの降伏の意志を汲み取った夏斗は、少し息切れしながら隣に座る。
チラ、と横を見るとえるの豊満なものが大きな呼吸と共に揺れていた。ぷかぷかと浮かぶ密室の中、夏斗はどこか目のやり場に困り始めて下を向く。
(コイツ……小さいのに、本当に大きいな……)
えるの身長は百五十二センチ。身長順にクラスで並ぶと一番前で、中学生レベルの小柄な女の子である。
だというのに、この巨峰。高校一年生だというのにそこだけを除けば上級生にも負けておらず、普段からもぽよぽよとよく揺れている。男の目には、間違いなく毒だろう。
「……今ですッッッ!!」
「へっ? おわぁぁぁっ!?」
と、男子高校生独特のピンク脳内に思考が支配され始めていたその時。えるの細い両手が、夏斗の脚に絡みついた。
脚を伸ばし座っていた彼の上に、瞬発的な動きで跨るえる。一瞬の出来事に呆気に取られて動けなかった夏斗は、完全に上を取られて馬乗りされた。
「ひぃ、ふぅっ。へへ、油断しましたねっ。これ、はぁ……疲れた、と、思わせる……作せ……ぜぇっ、なんですよっ」
「い、いや、あの……えっと?」
ぷるんっ、ぽよんっ。
前のめりになる彼女のたわわが、顔の前でたぷたぷと。揺れていた。