駅に着いた二人は切符を購入すると、十二駅先まで特急で移動した。
日曜日の朝ということもあり、周りには家族連れや学生なんかの姿が多く見られる。混み合っているというほどではなかったが、そのほとんどが同じ駅で電車から降りることとなった。
アミューズメントランド、フィッシュパーク。他府県からも数多くの客が来園するそこは、名前の通り魚を題材とした遊園地である。
およそ三十種類のアトラクションに加え、飲食店にお化け屋敷。そして何よりも目玉なのが、内蔵された大型水族館の存在だ。
ジンベエザメ、イルカ、アシカにベルーガ、チンアナゴなどなど。有名水族館と同様レベルの規模を含んだそこは、正に圧巻。イベントも数多く行われており幻想的な空間が広がるそこで愛の告白を、という客も決して珍しくはない。実際に夏斗とえるも、そこに含まれるのだから。
そんな大型施設フィッシュパークの開場時間は十時。移動にかけた時間がおよそ三十分ほどで、残り一時間半は列に並ぶための時間である。
「早めに出てきて正解だったな。俺たちの後ろ、まだまだ人が増えてきてる」
「ですね! 前にまだ三十人くらいしかお客さんいませんし、これならすぐに入れそうです!!」
「よしよし。さて、えるさんや。ここから一時間半、何を致します?」
「ふっふっふ、勿論決まってます。こんな時の暇つぶしと言えば!!」
「Smitch!!」
「猫収集Z!!!」
シーン。お互いに自信を持って相手と同じ答えを言ったつもりが、見事な解釈の相違。二人は黙り込んだ。
そして夏斗が、口を開く。
「いや、いやいやいや。猫収集で一時間半は無理だって! 潰せて五分が限界だろ!?」
「先輩は私の猫愛をナメすぎです! 私なら二時間は画面を眺め続けられますから!!」
「却下だ! それは絵面的にもなんか外でしていいことじゃない!!」
頬をでろでろに緩ませ、スマホを眺めながらニヤニヤし続けるえるの姿を頭の中で思い浮かべて。夏斗はぶんぶんと首を横に振ると、鼻息荒くスマホを取り出そうとしていた彼女を静止する。
そしてそれと同時に。えるによって気付かされた。
「というか先輩。Smitchなんて持ってきてるんですか? 手ぶらですけど……」
「へっ? ……あ」
そう、夏斗は鞄を持ってきていないのである。幸い財布やら家の鍵やらは元々鞄の中に入れないので持ってきているが、Smitchは見事に家の中。
つまり、今二人が暇を潰すために取れる行動は、たった一つであった。
もう一度、小さな鞄からスマホを取り出したえるが、ニヤニヤと笑う。
「先輩? これはもう、猫収集Zをするしかないですよねぇ? ふふっ、ふふふっ、やっとです。やっと先輩にこのアプリを布教することができます……!!」
「お、俺ちょっとトイレに……」
「逃しませんよっ! さぁ、ダウンロードしてください!!」
ガシッと腕を掴まれ、抱きつかれるようにして引き留められた夏斗は冷や汗をかきながら、必死で目を逸らす。
猫収集Z。えるが没頭し続けるゲームで、その熱意にはもはや何か洗脳の類があるのではないかというほど。怖い。自分も同じになってしまうのが、凄く怖い。
そしてなんだZって。猫を集めるだけのゲームの後ろについていていいアルファベットじゃない。戦闘マシーンでも出てくるのか?
が、心の中の葛藤も、申し訳程度の抵抗も虚しく。その場で猫収集Zをダウンロードさせられた夏斗は、泣く泣くゲームを始めることとなった。
予想通り、と言うべきか。案の定面白くて、結局並んでいた一時間半もの間永遠と猫缶で猫を家に引き寄せ、猫タワーや猫ソファー、猫お布団でゴロゴロさせてからなつき度を上げることで猫を撫で回し、可愛いタイミングでスクリーンショットを撮る。
気づけば五十枚ほどフォルダに猫画像が増える結果となっていた。
「ねえ、ねえ見て前の子たち。高校生かな? カップルで猫集めてる。可愛い〜!」
「いいカップルだなぁ。もう一時間以上は肩寄せ合ってああしてる。特に女の子の方……めちゃくちゃ楽しそうだ」
後ろに並ぶ客達に見られ、ひそひそ話で盛り上がられているなんて思いもせずに。
◇◇◇◇
「わあぁぁっ!! 見てください先輩! おっきい! おっきいです!!」
「俺も初めて来たけど、こんなに大きかったのかこの施設。すっげぇ……」
大きな入場門を潜ったその先に待ち受けていたのは、二人の想像を遥かに上回る規模と大きさを持つ遊園地。
アトラクションが五十種類もあり、朝からこんなに長蛇の列ができている時点でおおよそそのとてつもない規模を察してはいたものの。改めて見ると本当にとんでもない。
入園チケットを園の人に渡し、二人で園内地図を広げる。
既に優先して行きたいところには印をつけておいた。おおよその人気順も夏斗が入念な準備段階から調べており、それを元に作成された道順で二人は進んでいく。
初めに向かったのは、海賊との戦いをモチーフにしたシューティングアクション、「パイレーツ•クエスト」。水飛沫やリアルな映像、音響などから常に一番人気を誇っており、リピーターも多いらしい。
「パイレーツ•クエスト、受付はこちらでーす!」
「行きましょう、先輩っ!」
「だな! 今なら先頭だ!」
一直線に寄り道もせずそこへと向かった二人は、五両計十人乗りのパイレーツ•クエストの待ち順一番を獲得。すぐに後ろからあと八人も受付に押しかけてきて、あっという間に第一陣のメンバーが揃った。
パイレーツ•クエストは、二人ごとにステージが区切られる仕組み。隣に座ったパートナーと共に海賊に向けて銃を放ち、全員撃破を目指していく。
十人の乗り編成の車両はプロジェクションマッピングの中を突き進むかのような立体感で、実際にはその場に止まったままなのだがかなりの臨場感を味わえるとのことだ。
「えへへ、一番乗りです! ささ、先輩も隣に!」
そうして全員が着席すると、一人につき一つ、銃が支給される。
当然リアルな弾が入っているわけではないが、アトラクションが始まると、引き金を引くことでレーザーを射出。それを当たり判定とし、海賊と戦うのだ。
「それではパイレーツ•クエスト、開始です!! 皆さん、迫り来る海賊達を倒し、ハイスコアを目指してくださいね!!」
プツンッ。係員の掛け声と共に。辺りを静寂と暗闇が包み込む。
「わっ、暗くなっちゃいました……」
「える大丈夫か? 暗いの、苦手なんじゃ……」
「はい。怖い、です。だから、その……手、握ってもらえますか?」
「わ、分かった」
きゅっ。膝の上で、銃を持っていない方の手を結ぶ。
指を深く絡めて、しっかりとお互いがそこにいるということを確認してから。ゆっくりと暗闇が開け、派手な登場音と共に荒波を進んでいく。
『ぐぇっへっへっへ! 野郎ども!! 乗り込んで金品全部奪っちまえ!!』
『大変!! 海賊達が乗り込んできたよ!! みんな、お願い……私達と一緒に戦って!!!』
夏斗達が乗っている船は、荷物を運搬中の帆船。そこに海賊船が襲撃してきて、金品目当てに海賊達が乗り込んできてしまう。それを同じ船の乗組員である仲間達と撃退し、逃げ切るというのがこのアトラクションのスタンスだ。
「わっ、わわっ!? 揺れてます先輩!! 海賊さん達、乗り込んで来ちゃいましたよ!?」
「よし、える! 俺達で倒すぞ!! 銃を構えろ!!」
船が揺れる。それと同時に画面上に現れた髭面の海賊には、五ヶ所の的が。それぞれ頭、両腕、両脚に設定されているそれらを全て破壊すれば、海賊を撃破できる。
「ひぃやぁ!? 水! 顔に水がぁぁっ!?」
「大丈夫……俺が、絶対守る!!」
「へっ……?」
ぎゅぅぅぅぅ。夏斗の手を握る力が、一気に強まっていく。
そっと横顔を見上げると、夏斗はとても真剣な眼差しで。銃を海賊に向け、放っていた。
「かっこ、いぃ……」
「何か言ったか!? オイ、えるそっちに攻撃来るぞ!」
「は、はいっ! 私も……がんばりましゅっ!」
熱狂に包まれて。二人の心拍数は、上がっていく。