放課後。夏斗とえるはいつも通り、二人で帰路に着いていた。
「先輩っ! 今日、お家に行ってもいいですか? ゲームしたいです!」
「お、いいな。やるか~」
すっかり元気になったな、と夏斗は彼女の明るい様子を見て安心する。
今日一日、えるはずっとこの調子だ。朝も昼も、ニコニコと笑顔で。てっきり昨日あんなことを言ってしまったから、多少なりとも気まずくなるかと思われたのだが。もしかすると、案外あの言葉を嬉しいと感じてくれていたのだろうか。
今は分からない。だが、結局はあと少しで分かることだ。
遊園地デート。そこで、夏斗はえるに告白する。
初恋が小学生で散り、どこか恋愛事に対して億劫になっていた彼だが、えるに対しての恋心はもうただのおとなりさん、ただの先輩後輩では満足ならないほどまで膨れ上がっている。
恋人になりたいのだ。もっと親密になって、もっとずっと一緒にいたい。先日告げた想いは、その一欠片。
「なあ、える」
「なんですか?」
「楽しみだな、今週末」
「へっ!? は、はい! そう、ですね……!」
そして彼女は、そんな彼の目論みに気づかないまま。一度テストの点数によって手に入れた権利を利用し告白しようとして挫け、立ち直って。今、再起の炎を燃やしている。
夏斗に告白する。せっかく与えられた、遊園地デートという機会。二人きりで邪魔も入らないその場所で、ムードと共にタイミングを測って告白する。
もう彼女は、限界であった。
もっと夏斗に触れていたい。夏斗を他の人に取られたくない。夏斗とイチャイチャしたい。夏斗とお泊まりデートしたい。夏斗と旅行に行きたい。夏斗と部活に行きたい。夏斗と恋人になったという絶対的な自信が欲しい。夏斗と……好きな人と、キスをしたい。
悶々と、というべきか。はたまたムラムラと、というべきか。夏斗を想うと身体の奥底から湧き上がってくる熱の吐口を欲していた。そしてその吐口とは、夏斗と恋人ととしてしたいことをたくさんすることである。
「アミューズメントランド、フィッシュパーク。結構絶叫系とかも有名らしいけど、えるってそういうのいけたりするか?」
「ぜ、絶叫ですか? 私、高いところと速い乗り物苦手で……」
「はは、俺も。えるも一緒でよかったよ。絶叫系、有名とは言っても全体の四分の一くらいだから、他にもいっぱい楽しめるはず。水族館も内蔵されてるしな」
「す、水族館!?」
「お、おぅ? どうした? そんな声荒げて」
「へぁっ!? な、なななんでもないです!!」
水族館。えるはその言葉を聞いて、告白場所の第一候補をそこに決めた。
そして夏斗は、既にそこを告白場所と確定させていた。非常にベタな場所ではあるが、中の施設を全てリサーチしたところ間違いなくそこが一番ムードの出る場所だと判断した。告白には打ってつけのものも存在していることから、一日アトラクションで遊んだ後、最後にそこに行って。告白をし、恋人になって欲しいと正式に申し込むのだ。
(える……俺のことを、受け入れてくれるかな……)
(ナツ先輩、私と一緒にいたいって、言ってくれたもん。絶対、大丈夫……だよね……?)
二人の運命が大きく揺れ動くデートまで、あと六日。
一人は予行練習を。一人はリサーチを繰り返し、その時間をいつも通り過ごして。
日曜日が、やってきた。
◇◇◇◇
「服、よし。髪、顔……よし」
身だしなみを整えて、鏡の前で最終確認。
今日のために新調した服を着こなし、すうっ、と大きく呼吸して。夏斗は、気合を入れた。
今日はえるとの遊園地デートの日。人生二度目の、愛の告白をする日。
「緊張するな、やっぱり」
楽しみと緊張が混ざり、昨日はあまり寝られなかった。幸い顔に出るほどではなかったものの、若干寝不足になる程には身体が強張ってしまっている。
考えても仕方がないのは分かっているのだが。プラスマイナスとテンションをどうこうするのと、緊張は全く別の話だ。
と、また考え込んでしまう前に自分の頬を手で叩いて気合を入れ直したところで、えるからの連絡でスマホが震える。
メッセージを表示すると、集合五分前にも関わらず既に家の前まで来てくれているのだとか。楽しみすぎて待ちきれず……という文面に喜びを感じつつ、スマホ、財布をデニムのポケットに入れて、家の鍵も手に持ったことを確認して扉を開ける。
「おはようございます、先輩っ」
「おはよう、える。その格好、めちゃくちゃ可愛いな」
「えへへ、先輩もオシャレさんです。私とのデートに気合を入れてきてくれるのは……とっても、嬉しいですね」
えるは白ベースのふりふりワンピースに身を包み、肩から下げた小さな鞄の後ろで両手を合わせてもじもじしながら。嬉しそうに、告げた。
いつもより肌が艶めいて見えるのは、おそらく薄く化粧をしているからか。家の鍵を閉めながら横目に彼女の顔を見つめていると、つい見惚れそうになる。
気合を入れていたのは、お互い様だったらしい。
「じゃあ……行こうか」
「はいっ!」
すっ、と自然にえるの手が伸びてくる。
指先がくいっ、くいっ、と小さく動くのは、早く繋げという意思表示。もはや彼女と歩くときは、手を繋ぐのが恒例であり日常と化していた。
手を握り、指を一本一本絡めて恋人繋ぎを作る。ほんのりと温かい体温を感じると同時に彼女の「ふふっ」という嬉しさ混じりの微笑みが覗いてきて、つい恥ずかしさに目を逸らした。
「先輩、恥ずかしがってるんですか? 恋人繋ぎ……しちゃいましたねっ」
「ぬぐ……お前も顔真っ赤だぞ。何強がってんだっ」
「つ、強がってなんか、ないですもん。先輩のおっきくてゴツゴツした手にドキドキさせられたりなんて……して、ないですもんっ」
ああクソ、可愛いなぁぁぁあ!!!!
夏斗は心の中で叫んだ。横髪を開いた手でいじいじしながらそう言う彼女の耳まで真っ赤な姿に、既に萌え死寸前であった。
えるは、無意識に夏斗の劣情を煽ってくる。自分がどれだけ可愛いのかを自覚せずに、平気で迫ってきて。彼がこの照れ顔にどれほど好きを実感させられたかは、言うまでもない。
「えへへ……先輩と、恋人繋ぎっ。やったぁ」
(聞こえてる。えるさん、心の声が聞こえてる……)
気づけば、二人とも緊張ムードは解れて。いつも通りの甘々バーゲンセールを振り撒きながら、駅に向かっていた。
日曜日の朝八時。朝から熱心に部活へと向かおうとする学生達や、週末という夢の時間を楽しむべくコンビニへ向かう社会人。そういった人達の横を通り過ぎるたびに幸せ砂糖オーラをぶちまけながら、進んでいく。
恋人のいない他人にとっては、もはや毒の散布である。