テストが終わってから、一週間が経過した。
今日は全教科一斉のテスト返却日である。
「まずは、天音」
「はーい」
担任の先生に出席番号順で一人一人全員が呼ばれると、全教科の採点済み答案用紙と模範解答が渡される。
それからは各自採点ミスの確認をして、全員が問題なければそのままホームルームで晴れて放課後だ。
「夏斗、お前のが返ってくるまで待っとくわ。ま、俺の勝ちは確定だろうから肉奢る覚悟は済ましとけよ」
「ぐぬぬ、嫌味な奴め……」
「はいはーい、私も混ぜてー!!」
「柚木? お前が入ってきても一教科も勝てないからやめとけ。最悪泣く羽目になるぞ?」
「酷いっ!?」
そんなこんなで、全員が裏向きにテストの答案用紙を渡されて。まだ点数を見ない状態のまま、一教科ずつ開示を始めた。
「じゃあ、まずは現国。……そらっ!」
「頼むっ!」
「にゃぁぁぁ!!」
悠里から順に、九十二点、八十五点、六十点。
「ひゃっはぁ!! いきなり九十点越えだゴラァ!!」
「ぐぬ、八十五点も低くないはずなのに……って、柚木が六十点!? すげぇ!!」
「にししっ、努力の成果ですよこれが!」
ニヤニヤとさも自分が一位だったかのように、紗奈は勝ち誇る。夏斗は彼女の頑張りをしっかりと形で見ることができて喜んだが、そんなことどうでもいい悠里はさっさと流して次の教科に移った。
そして、三人で九教科全ての結果を開示した結果。
夏斗
国語 85点
数学 62点
英語 63点
生物 80点
化学 58点
古典 72点
日本史 90点
公民 75点
保健体育 70点 計655点
悠里
国語 92点
数学 78点
英語 70点
生物 90点
化学 62点
古典 74点
日本史 88点
公民 77点
保健体育 80点 計711点
紗奈
国語 60点
数学 48点
英語 48点
生物 70点
化学 52点
古典 55点
日本史 62点
公民 46点
保健体育 56点 計497点
「よっしゃ、日本史以外完封じゃぁぁぁぁ!!!」
「うっ、なんでだ。前より明らかに点数が上がってるのに悠里のせいで薄れるッッ!!」
「ぜ、ぜぜぜ全教科赤点回避だよぉ!? わ、私が赤点取らずに試験終えられるなんて……奇跡だァァァァァ!!! ありがと早乙女ェェェェッッッッッッ!!!!!」
狂喜乱舞である。見事に圧倒的な勝利をもぎ取った悠里、負けてある意味やけくそ気味に叫びつつも、どこか嬉しさが捨てきれない夏斗。そして、人生で初めて赤点無しで定期試験を乗り切った紗奈。
全員が、自分の中での目標をしっかりと達成した最高のテスト終わりとなった。それからもしばらく三人であれやこれやと盛り上がり続けて、もはや担任は注意するのを諦めたほどである。
「早乙女ぇ! やっだ、私やっだよぉ……!!」
「うぉっ!? ちょ、泣きつくなって!」
「びえぇぇぇぇぇ!!!!」
最高の幕締め。夏斗が焼肉を奢らされることを除けば何もかもが完璧かのように見えた。
だが、現実はそう上手くはいかない。必ずどこかで、落とし穴が用意されているものなのである。
そしてそれは今、彼ら三人の見えないところで。夏斗にだけ突き刺さる形で、矛先を向けていた。
「う、そ……なん……で?」
「え、える……」
階の離れた、一年生の教室。そこでは一人、絶望の淵に駆られ声も出ないほどの絶望を味わう者が一人。
「こんなの……嘘だよ。だって、私……私ッッ!!」
夢崎える。国語、四十九点。
◇◇◇◇
四十九点。何度見返しても、目には同じ点数が映り続ける。
自信があった。一番、自信のあった教科だった。きっと、今回のテストで一番の成績ちなるのだろう。あわよくば九十点も夢じゃない、いや、自己採点した時点ではそれを達成できていた。
視界が歪む。他のテストは全て六十点を超えて、八十点越えも三教科。最後にこの一番自信があった国語で最高点数を叩き出して完璧な終わりを。そう思っていたのに。
「こ、こんなの違うよ。える国語は得意教科だもんね! 絶対採点ミスだって!!」
「桃花ちゃん……」
バッ、とえるから答案用紙を取り上げた桃花が、必死に模範解答とそれを照らし合わせる。
そう。あと一点あればいいのだ。点数が低いのはいい。夏斗と掲げた大切な目標を達成するには、あと一点。それさえあれば、立ち直れる。
桃花は焦りながらも、丁寧に。ゆっくりと七つに分けられた大問を一番から見ていく。
ほとんど正解だった。大問四までは、一問間違い。
ただ異質だったのは、記号問題である大問五の存在。
この大問が一番問題数が多いが、ここは所謂サービス問題。赤点常連のような生徒でも最低限点数が取れるよう、敢えて担当の教師が問題の難易度を落としつつ、かつ配点を高めに設定した場所だ。
だがえるは、それまでの難しい問題も答えていたのが嘘だったかのように。その大問の三番から後の答えを、全て間違えていた。
そしてそれを見て、桃花はすぐに察する。
「解答欄が、ズレてる……」
三番の答えを四番に、四番の答えを五番にといったように、全ての回答が一つ下へとずれていた。実際にそう意識して採点していけば、全問正解である。
点数が低い要因は、この些細で……それでいて、大きく取り返しのつかないケアレスミス。それでもなんとか一点、と探してはみたものの、そもそも間違えている問題がその大問を除けば五問以下。すぐに、希望は途絶えた。
「先輩に、いっぱい教えてもらったのに。今までで一番頑張って……頑張ったのにっ!!」
えるは、大粒の涙を溢れさせて静かに悔しさを吐露した。
あと一教科、あと一点。もっともっと見直しをしていれば。自信に満ちていたせいで一回しか見直しを、それもどこか間違っているはずがないとたかを括った状態でのそれをしていなければ。このケアレスミスは、カバーできた。
悔やんでも悔やみきれない。それに、このテストはただのテストではないのだ。
全教科五十点を超えることで、夏斗へ何でも一つお願いできる権利を手に入れることができる。そしてそれを駆使し、想いを告白する。
そのためだけに頑張ってきた時間達が、今水泡に帰した。悔しさと、絶望感と、虚無感と自己嫌悪と。自分の中で感情がぐちゃぐちゃになって、もう泣くことしかできない。
辛かった。恥ずかしかった。申し訳なかった。自分でも負の気持ちが混じり合いすぎていて、気持ちがまとまらない。
「える……」
桃花は、そんな親友の姿を見て。なんと声をかけていいのか分からなかった。
彼女の努力を、全て知っている。知っているからこそ、軽率な同情で声をかけたくない。周りがザワつき、クラスから人が消えていく中。やがて数分でクラスには桃花とえるの二人だけとなったが、そんな静寂の中には……えるの、啜り泣きだけが響く。
(違う。違うよ。ここで声をかけるのは、私じゃない。あの人じゃなきゃ……ダメだ!)
桃花は、走って教室を後にした。
廊下に出てから、すぐに電話をかける。相手はワンコールで出た。
「おにぃ!? お願い、今すぐ私のクラスに連れてきてほしい人がいるの!!」
相手はえるを唯一慰めることができる。その資格を持っている人物の親友、兄である。