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第35話 先輩、打ち上げパーティーです!

 いやいや、勘違いするな。女の子っていうのは、そういう生き物なんだ。


 どれだけ好意を向けてくれていても、それが恋愛感情に結びついているのかは本人にしか分からない。それを他人が百パーセント知ろうと思ったら、それこそ心を読みでもしない限り不可能なのだから。


「い、行きましょうか。先輩」


「そう、だな」


 少なくとも、あの子はそうだった。


 えるに告白する。それは絶対に曲げない。けれど、変に期待しすぎたら断られた時、確実に心が痛む。


 そうして、あの日初恋は砕かれたのだから。


「お腹、空きましたね。早くピザ食べたいです! チーズむにーって伸ばして、いっぱい!!」



「俺もそれやりたいな。ハ◯ジのチーズみたいな」


 自分に言い聞かせ、なんとか心を落ち着かせた。


 一瞬、本当にこの子はもしかしたら自分のことが好きなのでは……なんて思ってしまった。


(どうせ、あと一週間したら分かることなんだ。もしフラれても傷つかないように、変な期待は……)


 ズキッ。心臓を抉られるような痛みが走った。


『ごめんなさい。先輩のことは、そういう目で見れません』


 想像してしまった。あの子のように、えるが自分のことをフる未来を。


 傷つかないように? 無理だ。こんなに好きになってしまった人にフラれたら、どう足掻いたって心が抉られる。きっと引きこもって、ずっと引きずってしまう。


 それくらい。狂おしいほどに、好きな人なのだ。この、隣にいる女の子は。


「先輩? あの、どうかしましたか? なんか顔色が……」


「い、いや。なんでもない。ピザ、楽しみだ」


 考えるのはよそう。今考えたって、結局未来がどう転ぶかなんて分からないのだ。


 きっと恋人になれたら、今まで以上に仲良くなれるだろう。フラれたら、もうこんな風にずっと一緒にはいられないだろう。


 なら。一緒にいられなくなる可能性が、少しでもあるなら。今はそんなこと考えずに、全力でこの関係を楽しもう。


 おとなりさんで、ただの仲がいい先輩と後輩。そんな関係性でいられるのは、どの道あとほんの少しの時間なのだから。


 夏斗は気持ちを切り替え、一抹の不安を心の奥にしまって。再び元気を取り戻すと、えると一緒に電車に乗った。


 お店には、駅に着くとすぐだった。歩きでおよそ一分。飲食店街の並ぶそこで、一際目立つオシャレなお店。それこそが、俺達の目的地だ。


「お待ちしておりました。二名でご予約の早乙女様ですね。こちらはどうぞ」


「さ、早乙女様二人……! 早乙女、える……」


「える? 何ニヤニヤしてるんだよ?」


「はわっ!? ニヤニヤなんてしてませんから!! ほら、早く歩いてくださいっ!!」


「お、おぅ?」


 やけに急かす彼女の態度に違和感を持ちながらも、夏斗は店員の指示に従い席に着く。


 奥に夏斗、手前にえる。向かい同士で座って、メニューの説明を聞いてから予定通り食べ放題を選択。注文してから作ってくれるタイプの食べ放題なため、初めにマルゲリータピザと照り焼きピザを頼んでおいた。あと、ドリンクでリンゴジュースとグレープジュースも。


「ふふんっ、ふふんっ♪ 先輩とピザ〜」


 えるは、子供のようにはしゃいでいた。やがてピザとドリンクが届くと、そのテンションは最高潮。そして、リンゴジュースの入ったグラスを持って夏斗に向けて差し出すと、目で訴えた。


「なんか、パーティーみたいで興奮するな」


「パーティーですよ! 先輩と私、二人っきりの打ち上げパーティーですっ!」


 チンッ。二つの合わさったグラスが、音を立てた。


◇◇◇◇


「みへくらはいひぇんはい!! のびへまふよぉ~!!」


「うおぉ! すげえ!!」


 むにいぃぃとチーズを伸ばしながらもちもちの頬を膨らませる彼女は、最高の笑顔を浮かべる。


 後に続くように夏斗もマルゲリータピザに手を伸ばすと、もちもちチーズを堪能した。


「ふへへっ、勉強頑張った甲斐がありましたぁ。先輩も、お疲れ様でした!」


「おーう。まあ悠里には勝ててないと思うけど、それなりにいい点数で終われそうだったよ」


「ふっふっふ、甘いですね先輩。私は過去一の出来です! 間違いなく、目標は達成してるはずですよ!!」


 全教科五十点。えるは、その目標を掲げ頑張ってきた。


 実際苦手教科もしっかりと夏斗に聞いて復習を繰り返し、テストでの出来は上々。自己採点した結果では全教科問題なく五十以上は取れている上、最も得意な教科である国語では記号問題がほとんどだったこともあって八十点を超えていた。


 そんな情報を聞かされ、夏斗は安堵すると同時に不安が立ち込める。


(つまり、俺はほとんど確実にえるのお願いを一つ叶えなきゃいけないわけか……)


 そういえば、何をお願いしてくるのかは一切聞いていなかった。


 この機会だ。どうせ一週間後には叶えなければいけない願いならば、今のうちに聞いておいた方がいいかもしれない。


「なぁ、える」


「なんれすかぁ?」


「テスト前に約束してた、目標達成できたらなんでも一つ言うこと聞くってやつ。えるは、俺に何をお願いしようと思ってるんだ?」


「…………へぇっ!?」


 いや、何故そこで顔を真っ赤にする。夏斗は唐突に恥ずかしさを全開にした彼女の表情に、困惑した。


 だが、それは至極当然なことなのである。夏斗本人は知るよしもないが、えるがお願いしようとしていることは……


「な、内緒です! そ、そそそそんなのこんなところで言えるわけないじゃないですか!!」


「公衆の面前では言えないようなことをお願いするつもりなのか!?」


 夏斗に、付き合ってくださいと。自分との、交際を願い出るといった内容なのだから。


 それをあろうことか、夏斗は公衆の面前では言えないようなこと、などと。思春期特有の、″そっち方面″なお願いを妄想してしまうのだから困り物である。こんなすれ違いばかり起こすから、いつまで経っても付き合うことができないのだ。


 しかし、今回のテスト期間は違う。えるは目標達成と共に告白することを決意し、夏斗は目標達成の有無を関係なしに、用意した環境下での告白を目論んでいる。


 つまりどちらに転んでも、両者いずれかが告白する気でいるのである。まあ……肝心なところで責めきれないこの二人なら、直前でビビり散らかして想いを伝えられず失敗、なんてことも充分にあり得るわけだが。


 何はともあれ、あと一週間は待つことしかできない。


「むぅ。先輩はデリカシーが無いです。そんな恥ずかしいこと、言わせようとするなんて……」


「ちょ、はぁっ!? 待て待て待て! 恥ずかしいことなのか!? 人前で言えない、恥ずかしいことを要求する気なのかぁ!?」


 かくして、二人きりの打ち上げはどこか勘違いが(夏斗が一方的にしたものだが)生まれたまま、悶々とした雰囲気で過ぎていく。




 まさか一週間後、あんな悲劇が待ち受けているとは。知りもせずに。

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