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第34話 先輩、いっぱい甘えさせてください

 疲れた。ドッと疲れた。


 一人ぼっちの帰路につきながら、夏斗はため息を吐く。


 紗奈との打ち上げ兼放課後モールデート。途中から彼女が一気に距離を詰めてきたことで心臓が破裂しそうになるほど緊張して、ドキドキさせられっぱなしだった。


 我ながら、不純だ。好きな人がいるのに、同じクラスの女子のことを意識してしまうなんて。


「っし、切り替えるぞ! 今日はえるとの打ち上げなんだからな!!」


 あと一時間ほどで約束の時間だ。一緒に予約したお店でご飯を食べて、テストで抑圧された分存分に羽を伸ばす。


 シャワーを浴びて汗を流してから、少しゆっくりして。髪を乾かした後に服を着替えて────


「お帰りなさい、先輩。随分と遅かったですね?」


「っえぇ!? え、える!?」


 家の扉の前に立って、油断しながら鍵を探していたその時。隣の家の二階から、声が届く。


 そちらの方を向くと、えるがぷくりと頬を膨らませて不満そうにしていた。まさか、あそこで帰ってくるのをずっと待っていたのだろうか……?


「私のことを放ったらかしにして、誰と何をしてたんですかねぇ……」


「い、いや……あはは。な、何もしてないって」


「……何もする事がなかったのに、私を捨てたんですか?」


「す、捨てたって言い方やめないか!? なんか凄い悪い感じになる!!」


「悪い事ですもん。……先輩と帰れないの、寂しかったんですよ?」


「うっ」


 どうやら寂しがりやの彼女は、しっかりと怒っていたようだった。


 それもそうか。毎日一緒に登下校していたのに、いきなり内容も言わずに用事の一言で済ませて先に帰らせてしまったのだから。


 だが、何故だろう。本当のことを打ち明けるともっと怒る気がしてならない。


「ぷいっ。私のことを一番に優先してくれなきゃ嫌ですっ。いくら柚木先輩が頑張ってたからって……」


「な、なんで柚木の名前が!?」


「先輩の考えてることなんて丸わかりなんですよ。さっきまで、一緒に打ち上げしてたんでしょう? 先輩のことですから、きっと頼まれて断り切れずに……ちゃっかり、楽しんじゃったりして……」


 コイツはエスパーか何かか。なんでここまで完璧に分かるんだ。ここまで来たらちょっと怖いぞ。


 だがまあ、ドンピシャで図星だったわけで。分かりやすい態度をとってしまったせいで、その考えを確信へと変えたえるは更に頰を膨張させて拗ねた。多分、″自分より先に″他の人と打ち上げに行ってしまったというのが不満だったのだろう。


 確かにえるは、あれだけ頑張っていた。一番に打ち上げをしたかったとしても何も変じゃない。


「ごめんな、える。柚木の奴も頑張ってたからさ。部活もテスト期間でオフなの今日で最後らしくて。今日を逃すとしばらく行ける機会が無かったんだよ」


「む、むぅ……」


「だから拗ねないでくれよ。なっ?」


「……」


 じぃ。えるの視線が、ねっとりと突き刺さる。


「……せて、くれるなら」


「ん?」


 そして少し恥ずかしそうに顔を赤らめながら、聞こえるか聞こえないかのギリギリの声で言った。


「いっぱい、甘えさせてくれるなら。許して、あげます……」


「あ、甘っ!?」


「いっぱい、ですからね。いっぱいいっぱい、先輩成分を補充します。私以外のこと、考えられなくなるくらい……たっくさん甘えるんですから……」


 その言葉からは、怒りではなく。純粋に寂しかったのだという、そんな感情が漏れ出ていた。


 嬉しかった。たったこれだけのことで妬いてくれる、彼女の自分への好意が。


 それがlikeなのかloveなのかなんて関係ない。えるが妬いて、甘えたいと。いっぱいいっぱい甘えたいと。そう言ってくれているのだ。


 断る理由がないだろう。


「わ、分かったよ。その……いっぱい甘えてくれ」


「! はい! ではまた、後で!」


「おう」


 今日は、本当に疲れる一日になりそうだ。


◇◇◇◇


『アル•ツェーノ』。予約したお店は、イタリア料理の食べ放題店である。


 なんと言っても際立つのは、ピザやチーズ、スパゲッティなど。主にこの三つを大元とした数多くの品物が食べ放題で、そのうえ値段の方も二千円ほどとリーズナブル。


 前からあることは知っていたのだが、あまり行く機会がなくて。ちょうど良い機会にと、打ち上げをそこで行うことにしたのだ。


「えへへ、先輩。この服、どうですか?」


「ああ、すっごい似合ってるよ。なんだかちょっぴり大人みたいだな」


 ぷるんっ。豊かな胸部を揺らしながら、えるは黒いワンピースに包んだ身体をくねらせる。


 実際には全国にそこそこな数があるチェーン店なのだが、イタリア料理店という響きは妙に大人っぽく感じて。そういう気持ちを服装に現した彼女の姿は、いつもより艶っぽく見えた。


 紫色の髪と、黒いワンピースがよくマッチしている。少し化粧もしているみたいで、唇が色っぽい。ぽよん、と主張する胸元からはほんの少しだけ谷間が露出していて、可愛さと色っぽさを両立させた、身長以外は高校一年生と思えない美少女が完成している。


「先輩もいつもよりオシャレさんですね。意識してもらえたって感じがして凄く嬉しいですっ」


「ま、まあな。ちょっと頑張った」


 ちなみに夏斗は、白い無字のシャツの上から黒い薄手の上着を羽織っている。丈は半袖で、夏にも涼しい薄生地だ。


 ポイントなのは、その裾の長さ。少し長めのものを選んで、コートみたいに大人っぽさが出る服を選んだ。そう考えれば、結局のところえると思想が似通ってしまったわけだ。


「ささ、行きましょう! 確か電車で二駅でしたっけ?」


「三駅だな。まあすぐに着くよ」


 当たり前のように伸ばされた細い手を、そっと握る。


 さっきまで手を繋いでいた女の子よりも、更にか細い手。ちっちゃくて、本気で握れば壊れてしまいそう。同じ女の子の同じ手でも、スラっと細長い手と全体的にちっちゃく子供っぽい手。どちらの方が好き、のんて結論は出せなかったけれど、今はただ好きな人と手を繋いでいる時間が心地いい。


 指を絡ませ、恋人繋ぎを作って。夕暮れ時の茜色に染まった空を見上げながら、駅までの道を歩く。少し距離があるし、自転車で行こうと言ったのだが。どうしても、一緒に歩いて行きたいとのことだった。


「先輩……ぎゅうぅぅ」


「え、えるさん? なんで急にその、くっついてきたんですか……?」


「甘えるって、言ったじゃないですか。先輩に抱きついていられる時間が、私にとっては何よりも幸せなんですよ?」


 くんくん、と小さな鼻先を動かして、それから腕に頬擦りして。ぽよぽよと胸元を押し当てながら、愛おしそうに腕を抱きしめて見つめてくる。


 ああ、好きだ。可愛い。この小動物のような甘え方が、愛おしくてたまらない。


「えへへ、先輩の匂いだぁ……。やっと、嗅ぐことができましたぁ」


「えるも、甘い匂いするな」


「ふぇっ!? に、匂いなんて嗅がないでくださいよ! ナツ先輩の変態!!」


「なんでだよっっ!!」


 どうやら、機嫌は完全に治ったらしい。まだお店に入ってないどころか駅に向かって歩いているだけだと言うのに、とても楽しそうで何よりだ。


 と、くっつき合いながら歩道を歩いていると。公園を横切った時に、視界の端に子供が目に入った。


 何やら、こちらを指差している。隣にはお母さんらしき、美人さん。


「ママー、見てあれ! ラブラブカップルさんっ!!」


「「!!?!!?」」


 ざわっ。一瞬嫌な予感がして、それはすぐに言葉となって俺の、いや、俺達の胸に突き刺さった。


「おにーさんとおねーさん、イチャイチャしてる〜! ね、ねっ! チューするのかな!!」


「こら、悠太!! あはは、すみません……」


 かあぁ。去っていく母子を尻目に、えるは茹で蛸のようになっていた。


 ぷすぷすと頭から湯気を出しながら、オーバーヒートしている。かく言う夏斗も恥ずかしさが限界突破していて、声をかける余裕がない。


「カ、カップルさん……先輩と、私が……」


 だが、腕は離さない。ずっと抱きついたままで、むしろ身体の密着を強めている。


「えへへ、そういう風に、見えたんだ……えへっ、えへへっ」


(あれっ? なんか、喜んでる……?)


 これは、プラスに受け取って良いのだろうか。


 カップルだと揶揄われて、なんだかやけに嬉しそうにしている。嫌だと、思わなかったってことだ。今まで何度も彼女が自分のことをただの先輩ではなく″そういう対象″として見てくれてるのではという片鱗を見せてくれていたが、これは決定的なのでは?


「える、なんか嬉しそうだな?」


「へっ!? そ、そんなこと、ないです。せ、せせ先輩と私は別に、そういう関係じゃないですから!! い、今は……」



 あれ? もしかしてえるって……結構、分かりやすい?

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