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第32話 早乙女、打ち上げ行こ?

 キーンコーンカーンコーン。


「終わっちゃぁぁぁぁ!! ひゃっはぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」


「叫ぶな柚木ィィィィィィイ!!! 不正で点数無くすぞテメェ!!!!」


 紗奈の所属する陸上部顧問、赤江優菜が叫ぶ。


 今、何故彼女が発狂しながら問題用紙を地面に散らばすに至ったか。


 ズバリ。今受けていた日本史が、この期末テストにおける最後のテストだったからである。たった今、魔の試験が終了したのだ。


「ちょっ、柚木叫ぶなって。先生めちゃくちゃ怒ってるぞ」


「早乙女ぇ! テスト終わったゾォォォイ!! 遊ぶぞゴラァ!!!」


「なんで脅迫気味!?」


 完全にハイになった彼女は、鞄からおしるこを取り出し一気飲みする。もう諦めたのか、赤江は既に消えていた。


 テスト当日は、放課後前のホームルームが存在しない。つまり教師である彼女が教室から消えた今、正式にテストは完全終了したのである。


「って……お前は静かだな? 悠里。スマホで何してんだ?」


「おん? 焼き肉屋の予約。食べ放題三千円だってよ」


「高くね!?」


「大丈夫だ。俺は金を出す気が無いからな」


「何も大丈夫じゃねぇ!!」


 止まる間も無く予約ボタンを押した悠里のしてやったり顔にブチギレそうになりながらも、「じゃあ来週の日曜日の夜なぁ。バックれたら殺す〜」と言い去って逃げていくその背中を、見つめることしかできなかった。


 一人なら全力で追いかけただろう。だが今は、紗奈がその手を引き、全力でブンブンと振っていたから。


「ね、ねっ! これから遊びに行こうぜ早乙女!! 私今日までは部活オフなんだよ!!」


「えぇ……俺今日はえるとお疲れ様会するつもりなんだけど……」


「えるちゃんとは毎日会ってるだるぉ!? 私と遊べる機会は滅多に無いんだぞ! 一日くらい付き合ってくれよぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 まるで酔っぱらいのようなテンションの彼女を振り切れず、夏斗はふと鳴ったスマホを確認する。差出人はタイミングのいいことにえるで、「今日は夕方からお疲れ様会、楽しみですね! お店どこがいいですか!?」と連絡が来ていた。


 そう。今は昼。夏斗はいつも通り一緒に帰り、今日は夕方まで何も食べずに我慢して夜、外食でえると目一杯食べるつもりだったのである。


 つまり夕方までの用事といえば、せいぜいえると一緒に帰路に着くくらい。ほぼ断るために使えるような用事が無いのである。


 そして運悪く。それを悟られる今のメッセージを、見られてしまった。


「ふっふっふ。夕方までは暇なんだね? お昼ご飯とお出かけができるじゃないか!!」


「い、いやそれは……っ」


「ねぇ、お願いっ! たまにはいいでしょ? ねっ!」


「むむむ……」


 夏斗は数秒悩んで。断るに断りきれず、彼女の勉強へのご褒美も兼ねて誘いを飲んだ。


 えるに「おう、実はもうお店予約してあるから、楽しみにしててくれ。あと悪いんだけど、今日はちょっと用事できたから先帰ってて。五時に家の前集まろう」と連絡を入れると、すぐに「了解です!」の返信が来て一安心。今日は夕方前まで、付き合うことにした。


「分かったよ。でも、本当に夕方には帰るからな?」


「やったぁ! 早乙女とデートだぁ!!」


「っ!? あんま大声でそういうこと言うなって!!」


 紗奈の周りを気にしない発言に、周囲がざわつく。


 当たり前だ。夏斗とえるの仲は、周知の事実なのだから。そんな彼が紗奈とデート。これは男子達からすれば大問題である。


「なぁ、アイツ埋めに行かね?」


「ありだな! 盛大にテストの憂さ晴らししようぜ!!」


「柚木、さっさと行くぞ! 俺まだ死にたくない!!」


「ふぇっ!? ちょ、手っ!? 繋……はわっ!?」


 大急ぎで教室を飛び出した二人は、こうして初めての二人きりデートを開始したのだった。


◇◇◇◇


 ショッピングモールに来た。


 二人で、手を繋いだまま。


「さ、早乙女……あの、手……」


「っ!? す、すまん! 命の危機でテンパってて!!」


 かあぁ、と頬を紅潮させながら小さな声で呟く彼女の手を、夏斗は焦って離した。


 ここは、学校からおよそ五分で着く、三階建てのそこそこ大きく有名なショッピングモールだ。フードコートに専門店街、ゲーセンに映画館。高校生なら「とりあえずあそこ行くか」のノリで行ける、素晴らしい場所。


 夏斗は無意識的に、そこに逃げ込んでいた。


 学校からの距離を考えればとても安全とは言えないが。来てしまったものは仕方ない。


 少し安心すると鳴ったお腹の音に従って、ひとまずは昼ご飯のお店を探すことになった。


「あ、あはは……どうしよう。今になってちょっと恥ずかしくなってきた。はしゃぎすぎたかなぁ……」


「なっ……おま、急にしおらしくなるなよ。こっちまで照れるだろ……」


 デート。そう、今二人は、デートをしているのである。


 テストの打ち上げなんて名目で来たはいいものの、男女が二人きりでモールに遊びに来ているのだ。デートだと認識するには充分すぎるだろう。


 紗奈は激しく赤面し、心臓を高鳴らせた。


 好きな人と……初恋の人と、デートする機会がやってきたのだ。いつもは可愛い後輩に奪われている夏斗を、この数時間だけは自分のものにできる。


 嬉しい反面、そういったことには慣れていなくて。緊張で胸が張り裂けそうだ。


(早乙女と、私は……っうぅぅ!!)


「と、とりあえずご飯探しに行きたいけど、なんか食べたいものってあるか? フードコートってのも……なんか味気ないしな。合わせるから、二人で同じもの食べようか」


「お、おぅ! そうだね! えっと、えっと……」


 フロアマップを見ながら、飲食店街にそれっぽい店を探す。


 お腹は空いていた。けれど、夏斗の前で『女の子らしくない』と思われるようなお店は選びたくなかった。


 出来るだけ、女の子っぽく。それでいて夏斗も満足できるような場所。


「あ、ここなんてどう?」


「んー? あっ……オムライス、か」


「? 苦手だった?」


「いや、大好物なんだけどな。二日前に食べちゃってて」


「そうなんだ?」


 何故か少し顔を赤くする夏斗を不思議そうに思いながらも、それなら別のところにしようと紗奈は他の店を探す。


 このモールに来るのは、何気に久しぶりだった。部活が忙しくて寄り道する機会もあまり無く、前に来た時と比べて随分とお店が入れ替わっている。


 そんな中。もう一箇所、オムライスと同じくらい惹かれる場所を見つけた。


 見つけた、のだが。


(こ、ここは絶対ダメ! 流石に女の子が、これは……ッ!!)


 トンカツ定食屋、結蘭。ご飯とお味噌汁、キャベツがおかわりし放題で、トンカツの量も中々。ボリューム満点なカツの写真を見てひさしぶりにガッツリ食べたいと思ってしまったが、あまりにもそれは女の子らしくない。


 好きな人とモールデートしているのだ。ここだけは絶対に選ぶべきじゃない。


 目線を逸らした。けど……他の店を探すたびに、チラチラとトンカツを目で追ってしまう。


 そのせいか。夏斗に肩を叩かれて、少し笑われた。


「柚木、分かりやすいな。トンカツ食べに行くか?」


「へっ!? い、いや……でも……」


「でも?」


「……女の子っぽく、ないし」


 ぷふっ。紗奈の呟きと共に、夏斗が吹き出す。


「な、なんで笑うのさ!?」


「いやいや、だって柚木がいきなり女の子らしさとか言い出すからさ。ははっ」


「ぬぬぬ……私だって女の子なんだぞ!?」


「分かってる、分かってるよ。ごめんって」


 そう言いながらもまだ笑みを我慢しているのが目に見えて、胸ぐらを掴んで揺すってやろうかと思った。


 こっちは真剣に考えてたのに。まるであっちは、自分のことをなんとも意識してないみたいで。


「でもさ、食べたいもの我慢する必要なんてないんじゃないか? いっぱい食べてる柚木の幸せそうな顔、俺は好きだけどな」


「……え? 好っ────!?」


 ぽりぽりと顔を掻きながら、なんの恥ずかしげもなく言う彼の姿に。


 ムカつきながらも、身体が熱くなった。


(ずるい……なんで、私だけこんな……っ!!)


「もう! 隠してたのが馬鹿みたいだよ!! ほら、早く行こ!! 山ほど食ってやる!!!」


「へいへい。分かったよ〜」






 この、鈍感男め。


後書き

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