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第21話 先輩、私はいらない子ですか?

「あ、先輩っ! 遅いですよぉ!」


「ごめんごめん、柚木の奴に絡まれてさ。じゃあ帰るか」


「え? 柚木、先輩に……?」


 むすっ、と一瞬えるが顔をしかめる。前の時も思ったが、コイツもしかして柚木のことが嫌いなのだろうか。名前を出すとあまりいい表情をした試しがない。


 紗奈のどの部分が気に入らないのかがまだよく分かっていない夏斗は、勉強を教えてくれとせがまれたのだとひとまずあったことをそのまま話した。加えて明日からは放課後、勉強を教えてやるつもりであることも。


「ほ、放課後って……じゃあ明日からは私と、一緒に帰ってくれないんですか……?」


「うっ。い、言われてみれば放課後に柚木に勉強なんて教えたら、えると帰れなくなっちゃうのか……」


 盲点だった。なし崩しにOKしたものの、このままでは勉強前の癒しであるえるとの下校時間を味わえなくなってしまう。それは本人にとって、何よりも辛いことだ。


 ならば、どうするか……


「ナツ先輩は私より柚木先輩の方が好きなんだ。私、いらない子なんですね……」


「それは違う! いや、マジで!! えると登下校する時間は本当に楽しいし、俺も失いたくないよ。でも、どうしよう……えるも勉強はしなきゃだもんな」


 紗奈との勉強会が終わるまで待っていろ、というのは流石に酷というものだろう。そんなことがえるに耐えられるはずがなく、一人で待っている間にゲシュタルト崩壊を起こしてグズグズになっていく未来も目に見えている。


 かと言って、三人で勉強をするというのもいかがなものか。この二人はただでさえ仲が悪い可能性があり、勉強どころではなくなってしまったら。最終的に三人全員が損をする。


 頭を抱えながら悩む夏斗。その横で、えるは下を向きながら小さく吐露する。彼の耳に、ほんの少しだけ入る程度の声量の心の叫びを。


「私も、勉強教えてほしい……もん。先輩を取られるなんて、やだ……」


「っ!!」


 好きな人が自分ともっと一緒にいたいと。そう、呟いてくれた。


 喜びで上がっていく体温と共に、一つの考えが浮かび上がる。


「よし、分かった。える! 柚木に勉強教えるのは学校の中でだけにするよ。登下校の時間は今日と同じように、すぐに出てくる。だから明日からも一緒に帰ろう」


「いいん、ですか?」


「まあ柚木だってなんやかんや言って二年生に上がれてるわけだしな。そこまで酷くはないはずだ。学校の中だけでなんとか留められるよ」


 悠里のあの呆れ切った顔が、一瞬脳裏をよぎる。


 たしか前回のテストで柚木は苦手な理系教科でも四十点ジャストでなんとか赤点を乗り切っていた。平均点以上や学年上位のような目標があるなら教える側としてもかなり厳しい戦いになるが、目標はあくまで赤点の回避。それなら充分成し得るはずだ。


「あの、先輩。迷惑じゃなければなんですけど……私も勉強、教えて欲しいです。今回の範囲は苦手なところが多くて……」


「おう、任せとけ。えるの範囲は去年勉強してるわけだしな」


「やった。先輩と、放課後お勉強デート……えへへっ」


 それから二人は、帰り道にある図書館での勉強会を開く方に決定した。ここら辺では珍しく夜まで空いている、大きめの場所である。


 初めは夏斗の家で、という案も出たのだが。この間の一件のこともあり、二人して集中できる気がしなかったので図書館で決定。親にもきちんと連絡を入れ、夜の七時までの時間を共に過ごすことを許されたのだった。


◇◇◇◇


 如月図書館。ここら一帯では大きい方のこの図書館には、勉強を目的として来る人も多い。やはり家でやるよりもファミレスや図書館などでする方が勉強は捗るという層は一定層おり、夏斗もまたその一人だった。


「ここは一人で勉強するところと多少喋ってもいいところに別れてるから、喋れるところ行くか。確か二階の端っこだったはず」


「詳しいんですね。よく来るんですか?」


「恥ずかしい話、家だとゲームとかスマホ触ったりとかしちゃって集中できないことが多いからなぁ。テスト期間はよく来てるよ」


 いつもは中高生が机を多く使っているのだが、今日は珍しく席がガラガラだ。夏斗はえるを連れて一番奥の席まで行くと、荷物を置いてゆっくりと腰掛ける。


 そしてえるは、その隣にちょこんと座った。


「? 隣より向かいに座った方が広いと思うけど……いいのか?」


「……こっちの方が、先輩を近く感じられますから」


 四人席で隣り合い、少し手を伸ばせば触れられる距離感。えるは少しだけ寄りかかり甘えて見せながら、離れたくないと主張した。


 夏斗はそれに対し頷き、了承してから教材を取り出す。普段から予習復習などはせずテスト期間の一週間で勝負をかけるタイプの彼にとって、この期間はとても大事な時間なのだ。いち早く勉強を始めなければ前日に徹夜、なんて事にも繋がってしまう。えるとの通話で深夜まで起きることには慣れているが、ただ苦しいだけの勉強で夜中を迎えるのは避けたいところだろう。


「そういえばえるって成績どんな感じなんだ? なんかそういう話ってした事ないよな」


「言われてみれば、確かにそうですね。ただ期待はしないでくださいね? 頭は悪い方なので……」


 そう言ってスマホを操作しフォルダからえるが探し出したのは、前回のテストの結果が全教科分書かれた成績表。


 国語82点

 数学52点

 英語40点

 化学48点

 生物45点

 現代社会48点


 四十点を赤点とするこの学校において、えるの成績はお世辞にも良いと言えるものではなかった。何故か国語だけがずば抜けて点数が高かったが、本人曰く得意なのはあくまで現代文のみ。中間テストでは行われなかった古典の点数は、その一回前の期末テストの際赤点だったという。


(なんというか……うん。解釈一致だな)


 しかしこれらは全て、夏斗にとって想像通りであった。


 えるのぽよぽよした私生活を見る限り、頭が良く成績が自分より上というほうがむしろ違和感。大変失礼なことを言っているが、実際にえるはあまり勉強をしない。その上でのこの結果なので、まさに予想が的中していたと言える。


「まあ今回のテスト期間はこうして図書館で勉強するわけだし、成績も必然的に上がるよ。とりあえずあまり時間もないし、始めるか」


「ですね! 今回は全教科五十点以上を目指します!!」


 ふんすっ、と鼻息荒く気合いを入れたえるを横目に笑みを漏らしつつ、シャーペンを握る。


(よし、頑張るか)




 えるのやる気を削がないためにも、隣にいる自分が頑張らないわけにはいかない。えるのモチベーションを引っ張り、成績向上に繋げるために。まずは自分が努力をしようと、心の中で気合いを入れ直した。

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