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第20話 先輩、望んでもいいですか?

 先輩にお腹を撫でられた。おへそをクリクリされ、変な気持ちになりそうになった。


 その余韻は、家に帰った今もまだ続いている。あの時の私はあきらかに普通じゃなかった。今思えば桃花ちゃんとの保健室での一件から不安が爆発して、暴走するように先輩を家に誘ってしまったのだ。


「んっ、んっ……やっぱり。自分で触っても、何も思わない」


 パジャマを捲り、自分でお腹を撫でる。けれど思い浮かんだ感想はせいぜい「くすぐったい」程度のもので、桃花ちゃんや先輩に触られた時とは何もかもが違うと分かった。


 じゃあ、なんで二人が相手だとあんな風になってしまったのか。恐らく自分以外の誰かなら誰でも心地いいというわけではないと思う。


 まずは桃花ちゃん。私は友達として、彼女のことが大好きだ。ボディタッチが多くいつも揶揄ってくるけれど、それ以上に優しくて心強くて。構ってくれるのも相談に乗ってくれるのも、勇気づけてくれるのもいつも桃花ちゃん。恋愛感情ではないけれど、好きだ。


 そんな彼女に触られると、心が落ち着いて身を委ねてしまう。ついつい身体が甘えようとして、もっと撫でて欲しいと思ってしまった。


 最高の親友相手でこれ。でもナツ先輩相手の時は、それ以上だった。


 まずすぐに身体が熱くなって、頭がちょっとぼーっとした。そして次の瞬間には身体中がよく分からない気持ちよさに包み込まれて脱力。あとはもうされるがままで、恥ずかしいほどに頬を緩ませて乱れた。


 桃花ちゃんの時と違ったのは、甘えたいという本能以上に圧倒的な「気持ちよさ」があったこと。心地よさと気持ちよさの違いをうまく言語化できないけれど、そこに明確な上下関係を感じる。


「先輩……やっぱり、好き。世界で一番……大好き」


 ドキドキしていた。先輩も、そんな私を見てドキドキしてくれていたはず。私のお腹をなでなですることを、嫌がってはいなかったような気がする。むしろ、楽しんでいたようにも……。


『俺はえるがエッチでも嫌いにならないよ。というか、エッチな女の子が嫌いな男なんていないから』


 私がエッチだったのか、それとも先輩がエッチだったのか。それは分からないけれど。少なくとも彼は私のことを受け入れてくれる。嫌がらずに、なでなでをしてくれる。


 今日のことは、間違いなくここ最近で一番幸せな時間だった。いっぱいゲームで遊んで可愛い一面を見て、その後はいっぱい触れてもらえて。これは私がたまたま先輩の家の隣に引っ越してきたから掴めた幸せ。一生分の運を使い切ってしまっていたとしても、そこに後悔はない。


 でも、もう少しだけ……望んでもいいのだろうか。


「先輩の彼女さんになれたら、もっと……」


 世界一かっこいい先輩の隣に私がそう簡単に立てるとは思っていない。きっとこれまで何度も告白されたりしているだろう。私は少なくとも、その人達全員より上の存在でなければいけない。


 考えるだけで不安だった。


「でも、頑張らなきゃ。絶対に、先輩に好きになってもらうんだ……!」


 腰掛けていたベッドにころんと転がり、ふと時計を見る。時間は二十二時。明日も先輩にお弁当を作るため、早寝早起きをしないと。


 ただでさえ、今はライバルもいる。先輩のクラスメイトの完璧美人、柚木紗奈先輩。あの人に取られないためには、今あるアドバンテージを全て活かして積極性を無くさないこと。


 私とナツ先輩だけの世界には、絶対に入れてはいけない。


「せん、ぱぃ……」


 想い人の名前を無意識に呟きながら。私はそっと、瞼を閉じた。


◇◇◇◇


「────と、いうわけで。今日から期末テスト一週間前だ。部活も停止になるから、しっかりと勉強するように。じゃあ、今日のホームルームはこれで終わります」


 担任の教師の言葉で、放課後が訪れる。


 各々が立ち上がり、喋り出し。家にそそくさと帰ろうとする者、友達も喋りながらだらだらと教室を出ていく者。


 様々な生徒がいる中で、夏斗は立ち上がった。


「オイ夏斗。今回のテストは負けねえからな。前ので一年の一学期から合わせて通算三勝四敗。今回で引き分けに戻す!!」


「はっ、そうはいくか。今回で二連勝して差を広げてやるよ」


 悠里とは、高校一年生一学期からテストの点で競い合ってきた。


 元々勉強など嫌いな二人だが、この一週間に限ってはそれを忘れられる部活の存在も無い。必然的に必要性に迫られる中で、こうして勝負をすることでなんとかモチベーションを維持しているのである。


 ちなみに成績はというと、中の上といったところ。得意不得意はあるものの、特に赤点を取るなどの事態には陥っていない。


「大体この前俺が負けたのは邪魔がいたからだ。なぁ……柚木?」


「ひっ!? あ、天音ぇ……あはは、ねぇ友達を邪魔者扱いは酷くない? わ、私のこと見捨てないよね? 今回も、勉強教えてくれるよね……?」


「うるせぇ! てめぇ集中できるようにファミレスで、しかもドリンクバー奢るって言ったから土日返上して教えてやってたってのに! 根本が馬鹿すぎて俺の勉強時間吸われるんだっての!!」


 ウルウルと作ったような涙目を見せる紗奈の手を、悠里は振り払う。


 彼女は、基本的には完璧超人である。運動ができて顔もスタイルも良く(細いというだけで胸部はお粗末だが)、コミュ力抜群で人望もある。


 しかし、勉強だけはからっきし。部活に精を出す分テストは赤点を何度も連発しており、提出物と平常点でゴリ押してプラス先生からの恩情を受けてギリギリという平均台の上にいるような学校生活を送っている。


「悪いが、俺はコイツに二連敗するわけにはいかないからな。今回は放課後も土日も本気で家に篭るつもりだ。家からは一歩も出ず本気で捻り潰す!」


「だ、そうだぞ? 柚木さんや」


「うぅ! 薄情者ぉ……」


 あはは、と他人事のように笑いつつ、夏斗は教室を出ようと歩き出す。今日からは部活が無いから、一切待たせることなくえると帰ることができる。


 そう、思っていたのだが。


「待って。まさか、このまま消えていくつもりじゃないよね?」


「へ……?」


 ガシッ、と腕を掴まれて身体の動きが止まる。すぐに振り払おうとしたがその力は強く、手に跡が残るのではないかと思うほどの握力だ。


「クラスメイトの、それも女の子が。助けを求めて泣きそうになってるんだよ? 男の子として助けようとは思わないの?」


「た、助けるったってお前……俺も帰って勉強したいんだが?」


「早乙女は……私が学校からいなくなっちゃってもいいの……?」


「うっ」


 学校からいなくなる。つまりは成績が悪すぎて退学させられる、なんてことを連想させようとしていた。


 夏斗はそんな彼女を羽織っておけず、立ち止まる。既に悠里が逃げ終えさらりと教室から消えていることも、その感情に拍車をかけて。小さくため息をついてから、話を聞いた。


「文系教科はまだ何とかなるんだよ……でも化学、数学らへんが本当に分からなくって。先生からもこれ以上赤点を重ねるようなら擁護できないって、釘を刺されてるの……」


 紗奈が苦手なのは理系教科。幸いにも夏斗は、文系ながらも今回の範囲には多少なりとも自信があった。たまたま理解しやすく、自分に合っていると思える単元だったのである。


 つまり、多少教えるくらいなら簡単にできる。


「……はぁ、分かったよ。じゃあその二教科だけ教える。他は何とかなりそうなのか?」


「ほんと!? うん、他はなんとかできる! とりあえずその二つが本当にヤバい!!」


「分かった。じゃあ、とりあえず今日は帰って他の教科と並走しつつ、二教科の分からないところをある程度まとめておいてくれ。明日それを聞いて教えるよ」


「ありがとう早乙女、やっぱり持つべきは友達だね! 明日おしるこ奢ってあげる!!」


「はは、夏におしるこはいらないなぁ……」


「じゃっ! 早速帰ってまとめてくるねー!!」


「おーう」


 なんだかんだと甘い男だ。気づけば「まあ二教科くらいなら……」と簡単に思考が流され、ほんの数分にして勉強を教える約束を確約してしまった。


「……ま、いいか」


 特に深く考えることはなく、スマホを開く。するとメッセが表示され、宛名「える」から正門前にいるという連絡が入った。


「帰ろ」




 波乱のテスト期間が始まる。

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