好きな女の子を家に呼んだ。それは、夏斗にとっては初めての出来事。
相手が例えおとなりさんで元々距離の近いところに住んでいようと、登下校や昼休みなんかでずっと一緒にいてもそれは関係ない。
「と、とりあえずリビングにいてくれ。適当にお茶とか入れるよ」
彼は今、猛烈に緊張していた。
無理もない。相手が紗奈のような友達関係にある女の子ならいざ知らず、今自分の家のリビングでちょこんとソファーに腰掛けているのは紛れもない、好きな人なのだから。
これは初恋ではないけれど、玉砕したのは中学生の頃。まだまだ身も心も子供で、その子としたことと言えばせいぜい何人かでどこかに遊びに行くくらいのものだ。家に呼ぶどころか、二人きりで遊んだことすらないような相手だ。
(とりあえず流れで入れたのはいいけど、ここからどうすればいいんだ。……くそぅ)
もう今更誰かに助けを求めることはできない。今ここにいるのは、自分とえるだけ。自分で考え楽しませればならない。
(なにか……なにか……はっ、そうだ!)
「お待たせ。ウーロン茶でよかったか?」
「はい、嬉しいです! いただきますね!」
いつも自分が使っているコップにえるが口をつけているのを見て、不意にドキッとしてしまう。これからあのコップを使うたびえるの唇やコクコクと小さく動く喉元の光景を思い出すのだろうかのんて考えつつ、夏斗は横に座って同じようにお茶を飲む。
視線の先にあるのは、家族用の大きなテレビ。最近はご飯を一緒に食べられる機会が減ってきているのであまりテレビとしての役割は果たしておらず、たまに夏斗がプレイするゲーム機のモニターになることがほとんど。そんな真っ暗な画面に映るえるの表情を見つめながら、言った。
「えるは普段ゲームとかするか?」
「ゲーム、ですか? そうですね……スマホのなら少しやってますよ? 家の庭に缶詰を置いたり餌を置いたりして、猫ちゃんをおびきよせてコレクションしていくゲームとか!」
「チョイスが中々に古いな。それ、俺らの親世代のやつなんじゃ……?」
「そ、そんなことないですよ! ちゃんとスマホ用アプリとして出てますし、猫タワーや猫鍋なんかも配置できて、どうぶつさんが出てくる某森と肩を並べられるポテンシャルを秘めてるんですから!!」
「お、おう……」
まだガラケー時代だった頃からある古いゲームをしていた事を意外に思いつつ、同時に猫を愛でるゲームをしているというのは解釈一致だと思った。確かに銃を乱射するゲームや殴り合うゲームなんかよりよっぽど彼女らしい。
「ならSmitchとかのゲームは?」
「私ゲーム機持ってないんですよ……。少し買いたいなと思った時期もあったにはあったんですけど、お父さんが目を悪くするからやめておきなさいって。ただでさえスマホも触りすぎでこの前取り上げられそうになりました……」
「どんだけ猫ゲーしてるんだお前は」
初めは厳しいお父さんだなと思ったものの、確かに言われてみれば家でずっと猫を愛でるゲームをし続けている娘というのも親目線からすれば不安だろう。きっと新しく買ったSmitchでも次は大画面で猫を触り始めるのでは、なんて思ったんだろうな。
ただまあそれは置いておいて。夏斗にとって彼女が大人気ゲーム機Smitchを持っておらず、かつ興味はあるというのは非常に有益な情報だった。
何故なら、彼は今まさに一緒にゲームでも、と誘うつもりだったのだから。
「なぁえる。せっかく家に来たんだし、ゲームでもどうだ? Smitchのソフトなら何本かあるぞ」
「本当ですか!? やりたい! ぜひやりたいです!!」
「よし来た。じゃあ早速準備するわ」
「えへへ、先輩とお家ゲームっ。やったぁ♪」
ぴょんぴょんと跳ね回りそうな勢いの彼女を背に、夏斗はテレビとゲーム機本体の電源ボタンを押した。
ブオォン。ピコッ、ピコンッ。
ゲームの起動音とともに画面に様々なアイコンが表示される。
それらはこの本体に登録されているソフトが何なのかを示しており、表示されたのは四つのアイコン。
「ユリオカート、スマファザ。体験版だけ入れて今は期限切れになってるやつと……あとはこの前買ったホラゲか。える、どれがいい?」
「うーん、悩みます……。誰も名前は聞いたことあるんですけどイマイチ中身が分かってなくて」
「あ、そっか。まあユリカーとスマファザはまず操作から覚えていかなきゃいけないし、一番簡単なのはこのホラゲのでろでろハザードだけど。ホラゲはダメだよな」
「? なんでですか?」
「え? だって……」
お前、ホラー苦手だろ? と言おうとした口を紡ぐ。
さらっと口にしようとしたが、彼女がホラー嫌いというのは完全に憶測である。実のところはそういう話題になったことが無いので分からない。
ちなみに夏斗は苦手だ。苦手なくせに興味本位で買ってしまい、なんやかんやと手をつけられずに一週間が経過している。今開いてもまだニューゲームなそれなら二人の中でプレイヤースキルの差なんかは無いし、共闘するにはいいにはいいものの、というやつだ。
「先輩、ナメてもらっては困ります。私はホラー大丈夫な人ですよ?」
「マジか。なんというか……めちゃくちゃ意外だ」
「そういう先輩は勿論苦手じゃないんですよね? ゲームまで買ってるわけですし」
「い、いやぁその……あはは」
「……おや? おやおやおやぁ?」
ニヤり。いつもの天使モードから一変、小悪魔モードに入ったえるの顔が、悪戯な笑みに染まる。
気づかれてしまった。さもえるがホラー苦手だろうからやめておこうか面でホラゲを選択肢から外していたが、実は彼がホラー好きではないということに。
「先輩っ。でろでろハザードにしましょう!」
「ぬっ、本当にやるのか?」
「ふふふっ、先輩のかっこいいところを見せてください。私を守ってくださいね」
(コイツ……俺がホラー苦手だと気づいて言ってるのか!? ヤバい。えるがホラー平気だってのは嘘言ってるように思えないしな。なんとかしてユリカーに流れを……)
「ナツ先輩、まさか逃げませんよね? 後輩の前でそんなかっこ悪いこと……しませんよね?」
「うっ!!」
「えへへ、覚悟を決めてください。ささ、ソフトを起動しましょう!」
「ぐぬぬぬぬ……分かった、分かったよ」
分かりやすい挑発混じりのその言葉は、先輩であり年上な夏斗にはよく刺さる。何より好きな女の子にそこまで言われて、年上どうこう以前に男として引き下がるわけにはいかなかった。
えるがホラー好きとは完全に想定外だった。もうこうなったら腹を括るしかない。元々一人では出来ないから開かなかったゲームなのだ。せっかく買ったのだから楽しむいい機会と考えよう。
自分を誤魔化すために心の中で大量の言葉を連ねつつ、コントローラーを取り出す。そのうち一つをニコニコのえるに渡して、ホストプレイヤーである手元のもう一つからボタンを操作しアイコンを選択した。
ドゥゥゥゥゥゥウンッ。
「っ!」
突然鳴る重低音。それから程なくして表示される『でろでろハザード』の文字。「驚かすんじゃねぇぶち殺すぞ!!」と一人でいたなら叫んでしまいそうなほど心臓をバクつかされながら、ソファーに戻り深く腰掛ける。
「先輩の可愛い姿が見られそうで、とっても楽しみです」
「……くそっ」
せめてリアクションを抑えめにして、なんとか持ち堪えないとな。