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第14話 える、エッチな子になっちゃったね

「夢崎さ〜ん、ちょっと開けるね〜」


「ひゃ、ひゃい!」


 シャァッ、とカーテンが開く音がしたその時、それまで夏斗が座っていた椅子の上には誰も乗ってはいない。


 まだ夏斗と一緒にいたいえるは、必死になって彼の身を隠した。場所や手段などをごちゃごちゃと考えている暇はなく、選択肢は一つしか用意されなかったのだ。


(え、ええええるさんの……おへそ!?)


 夏斗は、えるの身体を覆っている布団の中に押し込まれていた。


 それも、あまりに急な事だったので体勢を整えている暇もなく。半ば抱きつかれるようにして押し込まれた夏斗の顔は今、ジャージと下に着た体操服の捲れたお腹の前にぴっとりと引っ付いて。おへそが、ゼロ距離のところで丸見えだった。


「どうしたんですか? 先生」


「ん? あーいや、付き添いの子ちゃんと帰ってるね。よかったよかった」


 眼前にはおへそ、胸部には太もも。下半身には膝が密着しており、心臓の躍動が止まらない。その上ほぼ密室なその暗闇ではえるの甘い匂いが凝縮されており、意識を逸らそうとも強制的に現実を突きつけられる。


 少し手を伸ばせば何もかもに手が届く、ある意味では天国。ある意味では生殺しの地獄なその場所で。夏斗が出来ることは、先生にバレぬよう息を潜めること。じっとして、その場から動かないことのみだ。


「せ、先輩なら……さっき帰っ────ひゃぅんっ!?」


「ん? なんか今変な声出したか?」


「な、なんでもにゃ、ひっ!? れす……んっ!」


 だが、その状況では。夏斗に加えてえるも、普通ではいられなかった。


(お腹に先輩の息、当たってる。くすぐったいよぉ……)


 両手を布団から出しているえるも、両手が抱きつくような形でえるの腰に巻き付けられてしまっている夏斗も。今のお腹に顔が密着している状態を変えることはできない。即ちどれだけ抑えようとも夏斗の息が直に、おへそを刺激してしまう。


「ふっ……ふぅっ!? はぁ、あぅっ。……んん゛っ!」


(えるの奴、なんて声出してるんだ!? だぁ、クソッ! これじゃ動こうにも動けないし……上を見上げればおっぱい、前を見ればおへそ、下には太ももだとォ!? 俺にどうしろってんだ!!)

(ひにゅぅっ!? あ、あぁ……ひぇんぱ、息っ。だめぇっ……)


「夢崎さん、悪いけど私はこれから緊急呼び出しがあって会議に参加しなきゃなの。しばらくここ空けるけどいい?」


「は、はい……ぃ。大丈夫、れしゅ……」


 ピクッ、ピクッ、と小さく痙攣する身体。ただおへそに息をかけられているだけだというのに、えるの予想に反して身体はビックリするほどに反応していた。くすぐったくて、ゾクゾクッと全身に鳥肌が立って。本人も知らない″何か″が目覚めそうになるほどの謎の信号伝達に、彼女はただ声を抑えようと必死になることしかできない。


(早く、早く行ってよぉ。こんなの私、変になっちゃう……)

(落ち着け俺。落ち着けぇ!! 目の前に可愛くてちっちゃいおへそとぷにぷにすべすべなお腹があるからって、理性を失うな!! 耐えろォォォ!!!)


 顔とおへそが触れ合うまで、およそ五センチ。それこそが理性との境界線。一度触れてしまえば確実に、夏斗の中の″ケダモノ″が目を覚ましてしまう。


 そんな極限状態を続けること、およそ数十秒。


「じゃ、しばらくしたら戻るから。安静にしててね〜」


 ガチャッ、と扉が開き、閉まる音が聞こえて。夏斗はその瞬間に布団から飛び出て額の汗を拭った。


 えるを見ても、声が漏れ出ていたことから予想はしていたが案の定少し目がトロんとして危険な表情をしている。きっと限界だったのはお互い様ということだろう。


「お、俺そろそろ戻らなきゃ。える……ちゃんと安静にしてろよ?」


「…………はぅ」


 これ以上ドギマギしているところを見られないために。そして、なんとか起こさずに耐えた火山がまた起きあがろうとしないために。夏斗は颯爽と、その場を離れたのだった。


◇◇◇◇


 それからおよそ三十分後。三限が終わり、保健室に桃花が駆けつける。


 えるは元気にはなったものの、色んな感情が入り混じりながら顔をひたすらに赤くし、一人でもじもじしたり枕をぺちぺちしたりを繰り返していた。そんな可愛い様子をしばらく堪能し、そろそろえるを制服に着替えさせなければ授業に間に合わないことに気づいて、落ち着いたところでカーテンを開ける。


「えるちゃん、ケガはもう大丈夫そ?」


「と、桃花ちゃん!? う、うんもう大丈夫だよ!」


「じゃあもうここで着替えちゃお? えるの制服一式、更衣室から持ってきたから」


「……ありがと」


 桃花はカーテンの内側に入るとそれを閉め、外との視界を遮断する。それと同時に制服を手渡して、布団から出てきたえるに服を脱がせた。


 露出する肌と、黒色の下着。真っ白な肌に対比するように、それでいて一部だけしっかり大人な果実を隠すように。少しだけ大人なその下着にドキッとしつつ、口を開く。


「ねぇ、早乙女先輩とはどうだったの? えるぅ……もしかして大人の階段、登っちゃった?」


「っあぅあぅあ!? お、大人って……そんなわけないでしょ!? ナツ先輩とキ、キスなんてッッ!!」


(大人の階段登るって、もっと先のこと言ってたんだけどな……)


 相変わらずな様子のえるに少し安心しつつ、キスはしていなくとも確かに何かをしていたことへの確信を得た桃花はベッドの端に腰掛ける。そして制服のシャツの上からカーディガンを着る瞬間の無防備な耳に口を近づけ、言う。


「でも、何かあったんでしょ? 正直に話してよ」


「っ……うん」


 それからえるは、ここであった事を全て話した。


 夏斗に抱えられてここに来て、寝かされて。頭をなでなでしてもらったり、少し怒られたり。加えて最後には布団の中に先輩を突っ込んでしまい、捲れた服の隙間からお腹を凝視されてしまった事。おへそに息を吹きかけられて……変な気持ちになってしまいそうになった事を。


「えるのおへそ、かぁ。……早乙女先輩、災難だったね」


「わ、私のおへそ見てなんで災難なの!?」


「ん? 知りたいならちょっとお腹出してみ」


「うん……」


 ペラッ、と制服を捲り、お腹を露わにする。ほくろもシミも何一つ無い真っ白なお腹の真ん中には小さなおへそが。細く華奢な彼女のすべすべで艶のあるそんな色っぽいお腹に桃花はそっと人差し指を近づけると、つぅっ、となぞる。


「ひにゃぁぁっ!? ん、んぅ……っ!?」


「ほら。える反応がエッチだもん。早乙女先輩、よく理性を保てたもんだよ」


「い、いきなり触るからでしょ!? 別に私がエッチな訳じゃ────」


「ほれ」


「ん、あっ……クリクリ、やめっ。くすぐった……ひぃんっ!?」


 おへそを少しクリクリされただけで根を上げ、身体を震わせるその姿には同性の桃花ですら思うところがある。これを目の前で喰らったのが男だと言うのだから、改めて気の毒だと思った。


「もう、いつからこんなエッチな子になっちゃったの? 敏感なのはそのよわよわメンタルだけにしてよね」


「うっ、うぅ……違うもん……私、エッチじゃないもん……」


「はいはい。ほら、そろそろ行かなきゃ授業遅れるよっ」


 カーテンを開き、先に一人出た桃花は早くついてこいとえるに催促する。そうして手を引き、先生に一言声をかけて保健室の扉に指をかける。


「先生、えるがお世話になりました。診断書、貰っていきますね」


「あ、あぁ。お大事に、な……」


「? 先生、何かありました?」


「ふぇっ!? な、何でもないよ! 気にしないでくれ……」


「そうですか? じゃあ私達はこれで」


 千秋のいつもと少し違った、どこか動揺しているような顔を見て不思議に思いつつも、桃花はえると部屋を出る。


 ちなみに二人がいなくなり、ぽつんと一人保健室に残された千秋はというと。


「最近の子って、進んでるんだなぁ。ま、まさか高校生のうちからあんな……同性で付き合ってる上、え、えっちぃ事まで……」




 盛大に勘違いを拗らせていた。

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