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第6話 先輩、かっこいいです!

「じゃあまずは軽くアップから! その後はいつも通り基礎練して、今週末の試合に向けて実践的な練習をしましょう!」


「「「おう!!」」」


 バスケ部顧問、茶柱鳴子(バスケ経験一切無し、二十五歳独身)の掛け声と共に、夏斗を含むバスケ部部員は体育館を軽いランニングで回る。


 それから柔軟、パス練習などの基礎練をおよそ三十分ほどで終え、早速ミニゲームの準備を始めた。


(先輩、かっこいいよぉ。走ってるだけで好き。ああ、レイアップ! しゅき!!)


 そしてそんな様子を、体育館二階に数多く設置されたベンチの一番端っこで隠れるように見つめる彼女。内心湧き立ちながら小さくぶんぶんと腕を上下させて喜んでいる姿は、さながらヒーローショーを見に来た子供のよう。


「あ、おいおい夏斗。見ろあれ」


「ん? なんだよ」


「お前の愛しのえるちゃん、応援に来てくれてるぜ」


 一番端っこ。本人はそれで遠慮気味に見ているつもりだが、ただそこにいるだけで目立つ彼女が桃色のオーラを出して小さく声援を送っている姿が目立たないわけもなく。簡単にバスケ部男子達に見つかると、その情報は悠里によってすぐに夏斗まで伝播した。


「手くらい振ってやれよ。きっと喜ぶぜ?」


「茶化すなよ。……ったく」


(はわっ!? せ、先輩がこっち見────手振ってくれた!?)


 悠里に背を押され、夏斗は恥ずかしいながらも小さく手を振る。それを見て完全に目がハートマークになったえるは、キョロキョロと周囲を見渡して。わざわざドキドキを治めてからここに来たというのに、簡単に引き出されて顔を赤くし、手を振り返す。


 ヒーローショーというのは間違った例えだったかもしれない。こらではアイドルのライブだ。そのうち夏斗の名前が書かれたうちわを用意しかねない。


「色男め。自分でけしかけておいてなんかむかついてきた」


「なんでだよ。……クッソ、えるのやつめちゃくちゃ可愛いな」


「そういうとこだよ」


 ぶつぶつと憎まれ口を叩きながらビブスを着る悠里は、夏斗とは別チーム。このバスケ部において唯一の経験者二人は分けておかないと試合が成立しないからである。


 だが、その他が全員初心者ゆえに下手くそなのかと言われれば、決してそんなことはない。入ったばかりの一年なんかは置いておいて、少なくともここで二年以上練習を繰り返してきた三年生は。二人程とはいかなくとも、最上級生としてそれなりの実力は兼ね備えている。


「オイ早乙女貴様。今……女に、それも我が校の天使、夢崎えるに手を振って振られていたのか?」


「へっ? 先輩? な、何ですか急に。そんな殺気だって……」


 そして今。そんな三年生連中全員から、夏斗は殺意の念を浴びていた。いや、三年だけではない。二年生も、もっと言えば後輩にあたる一年生にまで。


 アイドル的な存在の高嶺の花と仲良く来ているのが羨ましい者、普段から見せつけられ嫉妬している者、入学してわずか三ヶ月で初恋と失恋を経験させられた者。夏斗は全員から、見事に批判の的にされている。まあ本気で虐められたりしているわけではなく、イジりなどのレベルだが。


「三年主将、鎌田秀治! 俺の名にかけて早乙女夏斗、お前に天誅を下すッッ!! 行くぞお前らァァァァァ!!!!」


「えー、では十分制ミニゲーム、開始!」


 悪ノリした悠里含め殺気によって力が底上げされたAチーム対、夏斗をキャプテンとし背後から殺気を向けながらもなんとか自分を抑え、えるに良いところを見せるという即席の自分への言い訳で協力し合うBチーム。戦力差こそ均等に分けられたチームではあるものの、あまりのモチベーションの違いに夏斗はため息を吐いた。


◇◇◇◇


「バ、カな……ッッ」


「いや先輩単純です。ちょっとフェイントかけたらすぐに引っかかりますよね」


 十分制ミニゲーム。その勝敗は、二十対三という悲惨な結果に終わった。


 ただでさえ普段から夏斗のドリブルに翻弄されている者達が、激昂して迫ってくるのだ。当然いつもより動きは単調になるし、落ち着いて対処すれば躱しやすい。おかげで二十点のうち十六点は夏斗が入れたもので、スリーポイントも二本決めていた。ちなみにAチーム側の三点を決めたのは悠里。隙をついた完璧なカウンターからのスリーポイントだった。


「先輩……先輩先輩先輩っ! かっこいい!! 好き!」


 その果敢な姿にはえるもこの有様。もはや周りで自分と同じように部活を観戦している人がいることも忘れ、自分の世界に入って好きを叫んでいた。大声ではないしそれがプレーしている部員達に届くことはなかったけれど、周りからは


(何この子。は? 可愛すぎてキレそう)

(よくこれで早乙女に好きなことバレてないな。何か特別な力でも働いてるのか?)

(多分神様に愛されてるんだろうなぁ。さっさと結ばれちまえ)


 こんな感じで注目を浴びる始末。もう好きが溢れ出て身震いを始めるほどに興奮したえるは気づいていないけれど。


「くっそ、先輩方しっかりしてくださいよ。なんか俺まで負けたみたいじゃないっすか」


「天音貴様……いや、すまない。言い訳も思いつかん」


「オイオイ悠里、負けを認めないのはよくないな。実際負けただろ?」


「ああん!? テメェあんな極大バフ貰っといて平等に勝負してた気なのか!? ふざけんなよ、通常パラメータで戦った俺とは平等な勝負になってねぇっての!!」


 茶色い髪をかき揚げ不満を露わにする悠里だが、夏斗は知らぬ存ぜぬで一貫して価値を主張する。


 この二人は親友であり、ライバルである。中学からこうして切磋琢磨して技術を磨いてきたのだ。現在も戦力は拮抗しており、勝負を続けるように部活中はいがみ合っている。


「ああもう、みんなまた喧嘩? 鎌田君、キャプテンの君が止めなきゃ駄目だよ?」


「せ、先生。だけどコイツ、我が校の天使を……!」


「はぁ。まあ確かに? 早乙女君いつもより張り切ってプレーしてた感じはあるけど。それでも先輩としてあそこまでやられて、恥ずかしくないの?」


「グサッ」


 主将にトドメの一撃を刺す茶柱。バタッ、と力尽きてその場に倒れるのをため息混じりに眺めながら、次はギャイギャイと騒いでいる二人の元へ向かう。


「天音君、落ち着いて。悔しかったのは分かるけど」


「先生に何が分かるんすか! コイツは女の応援っていう男にとって最高最大級のバフを使って勝ちやがったんだ! それでも漢かァァ!!」


「お、女の子の応援って。確かに夢崎さんは可愛いけれど……そんなにプレーが上手くなるもの? たまたま早乙女君の調子が良かったとか────」


「独身の茶柱先生には分かんないッスよ! 異性から応援されるのがどれだけ力になることか!!」


「……あ゛? テメェ今なんつったコラ」


(あ、やっべ)


 そそくさ、と早乙女はその場から距離を取る。幸いにも一瞬矛先が先生に向いた悠里から逃げ、後輩の背に隠れると。火のついた導火線を、そこからチラリと覗くことにした。


「天音クン? 私が独身なことと、異性から応援されることの力が分からないことになんの因果関係があるのかしら。ねぇ、なあ、オイ。答えろや」


「へっ? せ、先生? なんか顔怖────」


「オメェ、表出ろや。ひん剥いて金玉握り潰してからそのスカした面歪めてやるよ」


「ちょっ、茶柱先生どう! どうどう!! 落ち着いて!!!」


「離せ鎌田ァァァァァ!!! コイツは私に言っちゃいけねぇことを言った!! なぶり殺さなきゃ気が治まらねえんだよォ!!!」





 茶柱鳴子、二十五歳独身。彼女の独身をイジるのは、生徒なら誰もが知っているタブーである。

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