「ころしゅっ!? 絶対いつかお前をころしゅっ!? 覚えてろ、この変態勇者め!?」
「ハッハッハッ! ツンデレかい、アリシアちゃん?」
「ここまで殺意を向けられても爽やかに笑える勇者様のメンタルは、一体どうなっているんですか?」
もう純粋に怖いです……と何故かドン引きした様子のアリアさんの声音が肌を叩く。
メスガキもといアリシアちゃん【失禁ドM事件】から10分後の隠し通路にて。
俺達はプンスコ憤るアリシアちゃんを先頭に、スタスタと薄暗い通路を歩いていた。
「この作戦が終わったら絶対ころすっ! ぶっころす!」
ブツブツと呪詛のように俺への殺意をまき散らすアリシアちゃん。
惚れられたかもしれない。
「まぁまぁ? 落ち着けよメス豚?」
「誰がメス豚だ!?」
「凄い……流石は勇者様です。天然で
3人で楽しく談笑しながら薄暗い通路を歩いて行く。
「勇者、おまえ本当に調子に乗るなよ!? アタシがその気になればな、お前なんて一瞬でぶっ殺せるんだからな!」
「朝から運動したせいかな? お腹空かない?」
「確かに。ちょっと小腹がすきましたね」
「人の話を聞けぇぇぇぇぇぇっ!?」
ムキーッ! と唐突に怒り始めるアリシアちゃん。
怒った顔もプリティーである。
「どうした、アリシアちゃん?『あの日』か?」
「で、デリカシーッ!? キサマにはデリカシーが無いのか!?」
「乙女になんて質問をしているんですか、勇者様……」
「あっ、そっか……ごめん。もしかしたら、まだ始まってすらいないかもしれないもんね?」
「ま、毎月きとるわ! このバカ者め!」
「配慮の仕方が明後日すぎる……」
俺なりに全力で気を
アリシアちゃんは首筋まで顔を真っ赤にしてプンスコしているし、アリアさんに至っては……何だあの瞳は?
人間に向ける瞳じゃないよ?
ゴミムシを見る瞳だよ?
俺がドMなら膝から崩れ落ちている所だ。
「何故アタシがこんな目に……というか!? そもそもアタシが助けなくても、カエル族の姫が魔法でどうにかすればよくなかった!? アンタならあの場を切り抜ける魔法が使えるハズでしょ!?」
アリシアちゃんは『ハッ!?』と何かに気づいたような表情を浮かべるや否や、物凄い勢いでアリアさんを糾弾し始める。
そんなメスガキを前に、アリアさんは何故か余裕な表情で、
「出来たらとうの昔にやっています」
「出来たらって……あれ!? あ、アンタ、何で魔力が枯渇してるの!?」
「今頃気が付いたんですか?」
やれやれですね、と某奇妙な冒険に出て来る主人公のように肩を
その態度に腹が立ったのか、こめかみをピキピキッ!? 言わせ始めるアリシアちゃん。
やめて!? 仲良くして!?
「あ、アリシアちゃん、他人の魔力が見えるの? スゲェじゃん!」
空気の読めるナイスガイである俺が、場の雰囲気を変えるべく、テキトーにメスガキを褒めちぎると、アリシアちゃんは「えっ?」という顔で俺を見てきた。
かと思えば満更でもなさそうな表情で「ま、ま~ね~っ!」とドヤ顔を浮かべてみせた。
どうやら褒められたのが嬉しかったらしい。
チョロ過ぎないか、この
ちょっとお兄さん、将来が心配になっちゃうなぁ。
アリシアちゃんが悪い大人に騙されないか心配していると、彼女は今日初めて見せる笑顔で上機嫌に唇を動かした。
「基本的に魔法使いの身体からは、青白い魔力の粒子みたいなモノが溢れ出ているのよ。もちろん普通の人間には見えないわよ? アタシレベルの超一流の魔法使いだからこそ見えるの! 凄いでしょ!」
「すっげぇ! アリシアちゃん、すっげぇ!」
「そうでしょ、そうでしょ!」
「何を嘘ばっかり……一流とか二流とか関係なく、魔法使いなら全員他人の魔力量を目視することが出来ますよ」
そう言ってボヤくアリアさんを無視して、上機嫌に笑うアリシアちゃん。
良かった、どうやら機嫌は戻ったらしい。
ほんとチョロいな、この娘?
将来ホストとかに貢いで破産しないか心配だ。
なんて思っていると、調子に乗り始めたメスガキが俺の身体全体を凝視し始めた。
「気分がいいし、特別にアンタの魔力量も見てあげる!」
アリシアちゃんはそう言って頼んでもいないのに「むむむむむ~?」と俺の見つめながら眉間にシワを寄せ、
「――えっ? ナニコレ?」
急に驚いたような顔を浮かべた。
その表情は夜中に露出狂と遭遇した女子高生のように真っ青で……えっ?
「な、なになに? なんでそんな顔するの? 怖いんですけど?」
「勇者アンタ……マジで何者なの?」
「えっ? えっ? ナニが!? 怖い!?」
神妙そうな顔を浮かべて俺を真っ直ぐ射抜くアリシアちゃん。
そんな彼女を横目に、アリアさんが『チッ、気づいたか』とでも言いたげな表情で顔をしかめていた。
ちょっと? 2人だけで分かり合ってないで、俺にも説明してください!
「カエル族の姫」
「何ですか、ヘビ族の姫?」
「――本当にこの勇者は異世界人なのか?」
「…………」
俺を無視してアリシアちゃんの瞳が真っ直ぐアリアさんを捉える。
その瞳は真剣そのもので……えっ? えっ?
急にシリアスぶっこんでくるんですけど?
前半と後半の温度差で風邪を引きそうなんですけど!?
困惑する俺を無視して、しばし見つめ合うアリシアちゃんとアリアさん。
耳が痛くなるほどの静寂が俺達の間を支配した。
俺はらしくもなく2人の間でオロオロッ!? していると、唐突にアリアさんが「フッ」と口角を緩めた。
「何を疑っているのかは知りませんが、異世界人ですよ。勇者様は」
「嘘を吐くな。このオーラ、どう見ても――」
「ヘビ族の姫」
アリアさんはさらに言い
「
それっきり再び黙り込むアリアさんとアリシアちゃん。
く、空気が重い!?
もう愛していない女の身体より重いよ!?
「……分かった。今はそれでいいや」
フッ、とアリシアちゃんの身体から発していたプレッシャーが弱まる。
それに呼応するかのように、アリアさんの雰囲気も柔らかいモノへと変わっていった。
今だっ!
空気を吸え、タマオ・キンジョーッ!
酸欠の金魚のようにパクパクと酸素を肺へ送り込む。
それだけで身体中の細胞が歓喜に沸いた。
空気が美味しい!
生きててよかった!
なんて思っていると、俺達は行き止まりへと到達していた。
「どうせコレ以上聞いても答える気なんてないみたいだし。それにもう出口だしね」
アリシアちゃんはアリアさんから視線を切り、壁に埋め込まれたスイッチをポチッ! と押すと、
――ゴゴゴゴゴゴッ!
と行き止まりだと思われていた壁が音を立てて横へスライドした。
「1時間ぶりのシャバの空気を吸わせてあげる」
感謝しなさい! とドヤ顔を浮かべながら、壁の向こう側へと歩みを進めるアリシアちゃん。
彼女の後ろ姿を見つめながら、俺とアリアさんは一度だけお互いの顔を見やり、小さく頷いた。
これが罠だろうが、今は彼女しか頼れる人はいない。
「行くか」
「ですね」
毒を食らわば皿まで。俺達は覚悟を決めてアリシアちゃんの後を追いかけた。
壁を抜けると……そこは素朴な民家だった。
「えっ、どこココ? 民家? ふ、不法侵入で捕まらないかな!?」
「落ち着いてください、勇者様。どうやらあの壁の穴には転移魔法が
「さっすがカエル族の姫、
アリシアちゃんはツカツカと窓辺の方まで移動すると、その若干年季の入っている窓を思いっきり開けた。
途端に生暖かい春風と共に、どわっ! と活気のある怒声が俺の鼓膜を震わせた。
俺とアリアさんは導かれるように窓の方へと歩みを進める。
窓の向こう側、そこには――実に活気あふれる市場が広がっていた。
「おぉっ!?」
「こ、これは……!?」
「歓迎するわ、異世界の勇者とカエル族の姫」
目を丸くする俺達に、アリシアちゃんはニンマリの笑ってこう言った。
「――ようこそ、パリス・パーリ帝国へ」