――パリンッ!
何かの砕け散る音と共に、俺は
目の前では例のメスガキ、アリシアちゃんが白目を剥いて「苺パフェ……体重……デブ……嫌」とうわ言のように繰り返している。
精神崩壊一歩手前といった所か……ふむ。
「レディーには少し刺激が強かったかな?」
「タマちゃんさん!」
ニヒルに肩を竦めるナイスガイな俺を呼ぶ乙女の声が肌を撫でる。
もちろんカエル族のお姫様にして、ロイヤルムッツリの名を欲しいままにしている銀髪美少女のアリアさんだ。
アリシアさんはパタパタと俺の方へと駆け寄るなり、ぷんぷんっ! と擬音が聞こえてきそうなほど怒り始めた。
「もうっ! 突然敵と一緒に消えて、どこへ行っていたんですか!?」
「ちょっくら異世界……いや異次元でデートをしていた
「あっ、はい。ゴーレムなら2人が消えたと同時に泥になって消えました。一体ナニをしたんですか? ……まさかエッチな事ですか!?」
「コラコラ? 鼻息を荒げるんじゃない、このロイヤル☆ムッツリめ」
「む、ムッツリじゃなりませんけど!?」
ムキーッ! と自分はスケベではないと主張するロイヤルビッチを横目に、俺は森の中を見渡した。
「帝国兵は……ふむ。見た限りだと全滅したようだな。リバース・ロンドン王国の大勝利だ」
「王国の勝利というより、タマちゃんさんの一人勝ちのような……」
帝国兵の死体で出来たヴァージンロードを眺めながら、ちょっとドン引きした声音で呟くアリシアさん。
王国の勝利と言っても問題ないだろう。
「一時はどうなる事かと思ったが、これにて一件落着だな」
「ところで、そのヘビ族の子はどうしましょうか?」
アリシアさんが壊れかけのメスガキに視線を落としながら、困ったように俺を見てきた。
今回の件は間違いなく彼女が首謀者なのだが……どうにも口ぶりからして【真の黒幕】が居る気がしてならない。
……まぁ恐らく彼女が『お兄様』と慕う男が本当の黒幕なんだろうけどさ。
「このまま放置するワケにもいかないし、一旦学院に連れて帰ろうか」
「だ、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫、大丈夫! もう半分壊れているようなモンだから、いまさら俺達に危害は加えないよ。それに彼女、かなり気になる事も言ってたし」
「気になること?」
「ほら、アレだよアレ。俺がこの世界に来たことで進められる【計画】についてだよ」
俺の推測だが、この【計画】には我が下半身の大秘宝が関わっているんじゃないだろうか?
これは完全に探偵として勘だから根拠も何もないのが……何故か無性にそう思えて仕方がない。
もしこのヘビ族の【計画】とやたらに俺の元気玉が関わっているのだとしたら……申し訳ないがヘビ族には絶滅して貰うことになるだろう。
「アリアさん、捕虜の口を割らせる魔法とか、相手の頭の中身を見る魔法ってある?」
「う~ん? お父様の書斎に確かそのような魔法があったような……う~ん? ごめんなさい、覚えてないです……」
「そっか。じゃあしょうがない、俺の魔法でアリシアちゃんの頭の中を見ちゃおうか」
「もう何でもアリですね、タマちゃんさんの魔法……」
とりあえず今後の方針は決まった。
明日、魔法が回復するであろう朝一でこのメスガキの頭の中身を見てやろう。
ふふっ♪ 思春期の女の子の頭の中を覗くだなんて、オラわくわくすっぞ!
「そんじゃま、
「――それは困るなぁ」
「「ッ!?」」
それは本当に突然だった。
俺達の間に、さも当たり前のようにその男は立っていた。
「最愛の妹を渡すんだ、ソッチもそれなりのモノを置いて行って貰わないと割りに合わないと思わないかい?」
男はまるでヘビのような視線でアリアさんを見つめると、彼女の肩へと手を伸ばした。
あまりの出来事に動けないアリアさん。
そんな彼女の身体に、男の指先が触れる――
「ッ!? カモンッ!」
「ぷぎゃっ!?」
「おっとぉ?」
――瞬間、例のワードを口にした俺の方へとアリアさんの身体が引っ張られた。
彼女の身体をしっかり抱きしめながら、突然現れた男と距離を取る。
「おいおい? レディーの身体に許可なく触るのはセクハラだぜ? 気をつけろよ? もしかしたら、俺達が次に会うのは法廷かもしれんぞ?」
「プハッ!? いやタマちゃんさん、そんな事を言っている場合じゃありませんよ!?」
分かってる、という意味をこめて彼女の身体を抱きしめる。
俺の探偵としての本能が、いや……生物としての本能が全力で叫んでいる。
――この男はヤバイ、と。
「今のは魔法? いや……契約の類か。へぇ、面白いことになってるね?」
自分の手をニギニギしながら、興味深そうに俺達を見つめる男。
そんな男を前に何もしていないにも関わらず荒い呼吸を繰り返すアリアさん。
分かる。
その気持ち、すっごい分かる。
威圧感を感じない飄々とした口ぶり。
中肉中背の背格好に、真っ赤に燃える赤い髪。
細胞レベルで『この男は危険だ!』と本能が警報をあげていた。
目の前が真っ赤に染まるほどの
正直、脇目も振らずに逃走したい。
だがアリアさんを置いて逃げるワケにはいかない。
俺はカタカタッ!? と震える彼女の肩を強く抱きしめながら、無理やり頬に笑みを張り付け、あえて惚けた口調で唇を動かした。
「ところでお兄さん、誰よ? ここは関係者以外立ち入り禁止ですわよ?」
「ゼハハハハッ! もう分かっているクセに。恐怖を押し殺して強気に出るその姿勢、可愛いなぁ~♪ 女の子だったらオレのお嫁さんにしている所だわ。いや、魔法で女の子にしてやろうか? うん、そっちの方が面白そうだ」
「悪いね。コッチは下半身の
軽口の応酬を繰り広げながら、俺は確信する。
間違いない。
この男が今回の本当の黒幕だ。
そして俺の勘が正しければ、この男は――
と思考が過熱し始めたそのタイミングを見計らっていたかのように、俺が召喚した
男は鬱陶しそうにクソビ●チスライムを一瞥し、
「邪魔だな、コイツら?」
――パチンッ!
と指先を鳴らした。
その瞬間、男を襲おうとしていた爆乳ボディースライムたちの姿が消えた。
それはもう見る影もなく。
な、何をしたんだコイツ!?
今のも魔法なのか!?
「今のでざっと90万匹くらいは片付いたかな。まったく、面白い生き物を考えるモノだ。異世界人っていうのは、皆こうなのか?」
「嘘……今のは消滅魔法ッ!? な、何故!? 何故アナタがカエル族の禁忌の魔法を使えるのですか!?」
「うん? あれ? もしかしてお姫さん、まだオレの正体に気づいてないの?」
「意外と鈍いんだなぁ」と呑気にそんな事を口にしながら、半分壊れているメスガキのアリシアちゃんを拾い上げる男。
男は人畜無害な笑顔で俺達を見つめながら、ハッキリとこう言った。
「長い付き合いになるし、一応自己紹介をしておこうか? オレの名前はアルシエル・ウエストウッド。お前らが酷い目に遭わせたこのアリシア・ウエストウッドはオレの実の妹だ。……っと、ここまで言えば鈍いお姫さんでも分かるだろ?」
「彼女の兄……ということは、まさか!?」
正解♪ と言いたげにニンマリと笑みを深めた男、もといアルシエル・ウエストウッドは上機嫌に最悪の情報を口にした。
「ヘビ族の現当主にして【魔王】の息子――アンタと同じ王族さ♪」
軽薄そうに横☆ピースをキメるアルシエル。
正直王族の威厳なんて微塵も感じないのに、何故か王の気品だけはハッキリと感じられる。
なんというか、理屈ではなく本能が理解してしまう。
この男は人の上に立つことを宿命づけられて生まれた存在だと。
「ぶっちゃけ今回の作戦は、お姫ちゃんの身柄の確保がメイン・ミッションだったんだけどぉ~」
んん~? と難しそうな顔を浮かべるアルシエル。
かと思えば急にパッ! と花が咲いたように微笑んで、
「やめた! 見た限りだと、まだ時期尚早みたいだし。とりあえず当分の間は異世界の
そう言ってアルシエルはメスガキのアリシアちゃんを小脇に抱えて、ふわっ! と宙に浮いた。
「お姫ちゃんは最後のメインディッシュに取っておくよ。代わりに異世界の
「えっ? もしかして俺の元気玉を一緒に探してくれるの? お前、本当はイイ奴だった? ありがとう!」
「どういたしまして。……まぁ見つけても渡さないけど♪」
「ハァッ!?」
堂々と俺のムスコを拉致宣言するヘビ族に兄ちゃん。
ふざけんな!?
俺のタマだぞ!?
横取りすんな!
お前の玉座は無事なんだろう!?
色々と文句を言ってやりたかったが、アルシエルの笑い声が俺の台詞を遮った。
「ゼハハハハッ! さぁ、タマタマの奪い合いの始まりだ! 楽しくなってきやがった!」
「楽しくない! 全然楽しくない!」
「それでは諸君、また会おう!」
バイビ~♪ と言いたいことだけ言い終えるなり、
――ヒュンッ!
と瞬間移動のようにアルシエル達はその場から姿を消した。
そして再び静寂が森を支配する。
「……帰ったんでしょうか?」
「『帰った』というより『見逃して貰った』って感じかな?」
2人して暫くの間キョロキョロと辺りを警戒し、あの禍々しい気配を感じないことを確認するなり、
「「はぁぁぁぁぁぁ~~~~っ」」
まったく同じタイミングで盛大に溜め息を溢した。
「こ、怖かったぁ~っ!? もうすっごい怖かったですよ、あの人!?」
「みーとぅーっ!」
涙目のアリアさんに完全同意。
例えるなら仕事帰りに全裸の
……なんだよ露出卿って?
変態の貴族かな?
どうやら自分でも気づかない内に、あの男との対面はかなり精神を擦り減らしていたらしい。
「出来ることならもう二度と会いたくねぇなぁ」
「分かります。なんというか生きた心地がしませんでした……」
まるで生まれたままの姿で猛獣と相対しているかのようでしたよ、と苦笑を浮かべるアリアさん。
あっ、いいなその例え!
今度から俺も使おう!
「まぁ、何はともあれだ」
「そうですね。何はともあれ、ですね」
俺達は森の中で倒れ込む、死屍累々の帝国兵を見渡してニンマリ♪ と笑みを深めた。
「これで俺達の完全勝利だ!」
「イェーイ!」
――パァンッ!
メス豚の尻を叩いた時のような甲高い音が辺りに響き渡る。
別にスパンキングしたワケではない。
勝利のハイタッチをしただけだ。
か、勘違いしないでよね!
「あっ、でもこの帝国兵士たちはどうしましょうか? 流石にこのまま放置は森が汚れるから何とかしたいんですが……」
「あぁ、それなら大丈夫。あの死体たちは後日、残った爆乳ボディースライムたちのエサとして食べられる運命にあるから。森は汚さないぞ」
「ほんと便利だな、あのスライム……」
「それでも根絶やしにするんだよね?」
「はいっ! 王族の名にかけて、あのスライムたちは殲滅します♪」
そう爽やかな笑顔で力強く頷くアリアさん。
間違っても一国のお姫様がしていい発言じゃなかった。
もう発想がアマゾネスで発言が殺し屋なんだよなぁ……。
――とまぁ、そんなこんなで俺達の大作戦はカエル族の完全勝利という形で幕を下ろしたのであった。