気が付くと、アリシアは見知らぬ場所に居た。
「こ、ここは……?」
キョロキョロと辺りを確認すると、均等に並んだテーブルに美味しいそうな食べ物の匂い、そして楽しそうな家族団欒の声。
おそらく、ここはどこかの飲食店なのだろう。
ソレは分かる。
分からないのは何故自分がこんな場所に居るのかだ。
「な、ナニコレ? さっきまでウチは森の中に居たハズ……」
ふと自分の右手に『ナニカ』が握られているのを感じ、ハッ!? とする。
アリシアは弾かれたように自分の握っているモノに視線を落とし……眉根をしかめた。
「コップ……?」
それは透明なコップであった。
何故自分はこんなモノを……?
混乱するアリシアに、背後から「お客様」と声をかけられた。
振り返ると、そこには綺麗な格好をした女性のウェイトレスさんが居た。
「どうかされましたか?」
「い、いえ……なんでもありません」
「そうですか。何かお困りごとがあれば、気軽に言ってくださいね」
「あ、あのコレ……」
アリシアはおずおずとウェイトレスさんにコップを差し出した。
ウェイトレスさんは差し出されたコップから視線を外し、店の中央にドンッ! とその存在感を主張している謎の機械を指さした。
「ドリンクバーでしたら、あちらになります」
そう言って裏へと引っ込んでいくウェイトレスさん。
ドリンクバー?
なんだソレは?
そんなの知らない……
「……いや、知ってる」
そう、知っている。知っているのだ。
1度も来たことがない店のハズなのに、何故かアリシアはこの店を知っているのだ。
ここは家族連れと学生たちの強い味方、ファミリーレストラン――通称ファミレス。
あのデカい機械は、色とりどりの美味しいジュースを出すモノ。
そしてドリンクバーは……ジュースを好きなだけ『おかわり』し放題な夢のプランの事だ。
アリシアは街灯に群がる羽虫のように、ドリンクバーの方へと吸い寄せられた。
コトッ! と機械の中央にコップを置き、小さく吐息をこぼす。
「確か、ここのスイッチを押すハズ……」
震える指先で【コーラ】と書かれたパネルを押す。
途端にしゅわわわわ~♪ と耳が幸せになる音と共に、コップに黒い液体が注がれた。
なみなみ注がれたソレをゆっくり手に取り、溢さないように唇へと持っていく。
そのままグイッ! とコップを傾け――
「美味しい……ッ!?」
信じられなかった。
涙が出るほど美味しかった。
も、もう1度飲みたい!
気が付くとアリシアは貪るようにコーラを飲んでいた。
「プハァッ! ほ、他の飲み物を試してみようかしら?」
「お客様、デザートの準備が整いましたのでテーブルの方へお持ちしてもよろしいでしょうか?」
「えっ? あっ、はい。お、お願いします……」
いつの間にか音も無く近寄っていたウェイトレスさんに驚きつつも、彼女に案内されて席へと移動する。
もちろんコーラを持ったまま。
清潔感のある席へ案内されるなり、アリシアの前にドンッ! と薄桃色をしたアイスクリームの塊が置かれた。
「こ、これは!?」
「当店自慢の苺パフェです」
「苺パフェ!」
なんて甘美な響きなんだ!
食べなくても分かる。
絶対に美味いヤツだ!
「でもお金……」
「お代は既に頂いておりますので、お気になさらず。おかわりも自由ですので」
それでは、とバックヤードへと引っ込んでいくウェイトレスさん。
アリシアは本能的に『何かがおかしい!』と察しはしたが、目の前の苺パフェが放つ魅惑の引力に逆らうことが出来ない。
例えるのであれば、『性』という名の新世界へと出航したばかりの男子中学生の目の前に、全裸のナイスバディ―なお姉さんが現れたようなモノだ。
その魅力たるや……もはや語るまでもない。
「ゴクッ……ッ!? い、いただきます……」
苺パフェの放つスケベな誘惑に負けたアリシアは、用意されたスプーンをしっかりと握った。
そのまま震える指先で苺パフェの苺アイスの部分にスプーンを突き刺す。
そして導かれるように、苺アイスを口の中へと持っていき――
「――ッ!?~~~~~~~ッッ!?!?」
気がつくと豚のように苺パフェを貪り喰っていた。
な、なんだこの甘露は!?
甘酸っぱい味が口いっぱいに広がり、食べれば食べるほど腹が減る!
もはや無限に食べられそうな気がしてならない。
「おかわりっ!」
「かしこまりました」
これまたいつの間にか近くに立っていたウェイトレスさんが、コトッ! と苺パフェをアリシアの前に置く。
異様に準備がいいな?
と
そして再び苺パフェを貪り喰らうブタとなる。
「おかわりっ!」
「かしこまりました」
「おかわりっ!」
「かしこまりました」
「おかわ――ゲフッ」
「かしこまりました」
「りっ!」
何度『おかわり』を繰り返しただろうか?
アリシアのテーブルにはパフェの容器とコーラの残骸でいっぱいだった。
それでもアリシアはパフェを食べずにはいられない。
「ゲフゥッ!? お、お腹いっぱいなのに、まだ食べたい……ナニコレ? 幸せ……だけど、誰か助けて? このままじゃデブる……デブになる……ッ!?」
「それがレクイエムだ」
「ッ!?」
いつの間に!?
アリシアがそう感じるほど当たり前に、ごくごく自然にあの男が――金城玉緒がアリシアの席の前に座っていた。
玉緒は優雅にコーヒーを口元に運びながら、勝利の一杯だと言わんばかりに笑みを溢す。
その笑みを見た瞬間、アリシアは直感した。
ヤバい、ハメられた!?
しかし今更焦ったところでもう遅い。
彼女にはこの幸せの無限ループはもう止められない。
「あまりの美味しさに箸が止まらなくなる。結果、体重が増えデブまっしぐら。
「くぅぅっ!?」
「そう、お前が『ごちそうさま』へと到達することは決してない」
「キサマぁぁぁぁっ!?」
アリシアは力の限り叫ぶ。
が、もちろんその間も苺パフェは食べ続けている。
もう止められない。
止まらない。
デブは避けられない。
アリシアは1人戦慄した。
多感な乙女心の盲点を突いてくる、なんて恐ろしい魔法なんだ!?
後悔した所でもう遅い。
もう彼女はこのファミレスからは何処にも行けないのだから。
「『終わり』が無いのが終わり。それが
「チクショォォォォッ!?」
アリシアの悲鳴とも歓喜とも取れる声音をBGMに、玉緒は勝利の一杯を飲み干した。